HP「オレオ」の7万打お礼小説。バレンタイン話。
「……女の子なら簡単なんだけどなあ…」
形はなんだっていい。
大切なのは、そこに込められた気持ちだと思うから。
「ん?」
「あら」
空気を入れ替えようと少し開けた障子の隙間から吹き込んだ風が運んだ薫りに、望美と朔が同時に声を上げた。
「梅の薫りね。そういえばもう如月だもの」
「如月……って二月だよね」
望美はまだ暫く寒いなーと呟き、天井を仰いだ。
異世界で初めての二月。
ふと去年何したかな、などと考え郷愁に耽る。
だがそれを感じる前に思い出したのはある種でのイベント。
製菓会社の陰謀と斜に構えるような者も中にはいたが、色んな気持ちを込めて女の子が贈り物をする日。
チョコの甘さを、想いの甘さに変えて。
「バレンタイン」の単語と一緒によぎったのは、優しく微笑う、ひと。
けれどここにはチョコレートなんてものはないし、あったとしても自分で手に入れられない。
「………朔」
「なあに?」
「朔は景時さんと一緒に長い間源氏軍にいるの?」
前の話と一向に噛み合ない会話に、朔は望美を訝った。
が、じっと見つめ返す望美の真剣さに微笑を零した。
「望美よりは長いくらいよ。
然程長いなんて言う月日じゃないわ。
……どうかしたの?」
「う……。べ、弁慶さんが好きなものって何かなって……」
尻すぼみになりながら言う望美に、朔は望美に向ける視線にやや意味を含ませた。
「あなたが考えて贈ったものなら、喜んで貰える筈よ」
にっこりと笑って言う朔に嘘も慰めもない。
けれど、だからと言って適当なものをあげたくはない。
本当に喜んで欲しい。
「ーーー市に行ってくる!」
少しだけ開いた障子を更に引き開け、いってらっしゃいと手を振る朔に同じように返して、望美はきっちりと障子を閉めて邸を出た。
「……女の子なら簡単なんだけどなあ…」
陳列する様々な品を物色しながら望美はぽつりと感想を漏らした。
女の子ならば自分が女なのでわかりやすい。
装飾品なら間違いはないし、趣味を知っていればまた具体的なものを贈ることが出来る。
男のひとにあげるのは幼なじみの有川兄弟と父親くらいだった。
趣味のものも、弁慶の趣味を自分は知らない気がする。
(お仕事で忙しそうだもんね……)
自分が代われる仕事なら一日ゆっくり休んで欲しいとも思うが、そうもいかない。
贈ったらつけてくれるかもしれないが、装飾品をつけているのも見たことがない。
「困ったなあ……」
人が多くても望美の格好は目立つらしく、化粧品や反物を売っている店からやたらとかかる声を躱しながらも、品を見る為にゆっくり進んでいく。
いっそ薬草かそれに関する巻物にしようかと思ったが、何を持ってて何を持ってないか分からないし、色気が無さすぎてバレンタインの贈り物にする勇気がない。
但し自分の弁慶に対する知識ではそれが一番喜ぶ気がする。
何しろ一番使っているのは自分と久郎なのだ。
(………あれ?それただの補充じゃ……)
振り出しに戻ってしまう考えがふとよぎった時、思考に没頭していた望美はふと気づいた。
いつの間にか店が集まっていたところを過ぎ、人気が無いところまで歩いてしまっていた。
辺りを確認するように一度ゆっくり瞬きをした。
そうして、人の気配に気づいた。
地面を踏みしめ、下腹に力を込めた。
背後からざり、と草履が砂を噛む音がして、五人ほどの男が出てきた。
汚れた着物の裾は端切れており、全身で性格を訴えている。
「お嬢さんひとり?」
「昼日中と言えど危ないぜ?……俺たちみたいなのがいるから」
一斉に下卑た笑い声があがり、望美を包む。
悟られないよう、ゆっくりと腰を探る。
が、すぐに戻るつもりだった望美の腰にいつも使っている剣はない。
否、あったとしてもただの脅しとしてしか使えない。
人間は斬れない。
対して男たちはまともに斬れるかも分からなさそうな刀を提げている。
「ひとりなんてなあ。寂しいだろ?」
近づいてくる同じ歩数だけ望美も下がる。
何歩か下がったところで、ふいに男たちの口角があがった。
それに違和感を覚えたのと同時に、背中が何かに当たった。
「ーーーーッ!」
五人よりも一際屈強そうな男が望美のすぐ後ろで傲然と見下ろしている。
この破落戸の頭領に当たるのかもしれないと、停止した思考の片隅で思う。
これで、六人だ。
息を呑んだ望美を見、黄ばんだ歯を見せて笑った。
硬直した望美に一際高い笑い声があがった。
「っ、!」
その不愉快な笑い声が止む前に、と望美は一気に身を翻した。
「なっ」
「てめぇ!」
五人の男が一斉にいきり立ち、望美を追いかけようとしたが、それよりも早く望美の後ろに居た男が体と一緒に翻った髪を掴んだ。
「や……っ」
男は掴んだ髪をぐっと引いてたたらを踏んだ望美の腕を掴み上げた。
着物越しのその感触に不快を示すように、望美はその男を睨み上げた。
だがそれすらも楽しむように、男は望美を笑い、顎をしゃくって男たちに無言の指示を出した。
それを受け男たちが近づいてくる。
押さえ込まれる前にと、望美は思い切り息を吸い込んだ。
市にいる誰かが聞いてくれることを願って叫ぶ、一瞬前。
「がっ」
「きゃ……っ」
近づいてくる男たちに気を取られていた望美の腕を掴んでいた男が、突然短い悲鳴をあげ、そのまま横倒しになった。
「お頭…っ?!」
腕を掴まれたままの望美はそのまま引き倒されかけたが、肩を抱きとめられた。
掴まれた腕を決して望美が痛まない力で包むように握り、引き剥がすように男の肩口を蹴り倒した。
「女性の声の掛け方なんて幾らでもあるでしょうに。ねえ、望美さん」
男の人にしては少し高い、優しい声。
「弁慶、さん……」
「はい」
ゆっくりと仰ぐと肩越しに非常時でも変わらない笑顔とかち合い、涙が出るよりも前に腰の力が抜けた。
「おっと」
腰を抱いて抱き寄せ、腕と体で望美の体を支える。
「もう大丈夫ですよ」
「は……」
「てめえ!」
少し屈んで微笑んだ弁慶に思わず頷きかけた望美を遮るように男のひとりが声を張り上げた。
「てめえ何もんだ!」
「お頭倒してただで済むと思うなよ!」
抜刀した男たちが張り上げた文句に嘆息した弁慶は呆れたように望美を抱き直した。
「たかだか五人で、普通一番強い者がやられたら引きませんかねえ」
暗に頭が悪い、と含ませて。
刃を向けられても変わらない弁慶の微笑。
男たちにはそれが勘に触るが、望美は何よりも安心した。
「そこの貴方。私が何者だと聞きましたね。
私はこの方を守る任を仰せつかった、源氏軍の軍師です」
とっても強いですけど、と弁慶が望美にだけ聞こえる声で呟いたのと、時には文官もが司る「軍師」の言葉に在りもしない勝機を見た男たちが踏み出したのは同時だった。
「怪我や痛むところはありませんか、望美さん」
「大丈夫、です……」
望美は俯き、激しい自己嫌悪に襲われた。
武器を持ってこなかったのも、囲まれてしまったのも全部自分の不注意だ。
自分がしっかりしていたら、こんなことに巻き込まれなかった。
巻き込むことなんて、なかった。
「すみませんでした……」
「いいえ。望美さんに怪我がなければそれで構いませんよ」
邸に戻りますか、と弁慶が手を差し伸べた。
その手をとりかけ、望美は躊躇った。
「欲しいもの…って、ありますか?」
「欲しいもの………ですか?」
何故、と含ませ訊ねた弁慶に望美は言い淀んだ。
視線を彷徨わせた望美の頭を、弁慶は滑るように撫でた。
「では望美さんが私に望むものはありますか?
僕が叶えられるかどうかはわかりませんけれど」
「わっ私?!私は……」
柔和に微笑する弁慶を見上げた。
「……私は、弁慶さんが知りたいです」
ぽつりと溢れた望美の呟きに弁慶は瞬きをゆっくり繰り返した。
「私が、ですか?」
頬に熱が上ったのを感じながら望美はひとつ頷いた。
「弁慶さんに何かしたいなって思ったんですけど……私、実は何も知らないんだなって思って」
「ふふ、有り難う御座居ます。
ですけど僕はあまり物欲がないんですよ」
弁慶は再度俯き落ちた望美の一房の髪を掬った。
「でかけましょうか、このまま」
「へっ?」
くるりと指に望美の長い髪を巻き付け、悪戯っぽく笑った。
「貴女の時間を、僕にください」
望美の返事はさら、と離された望美の髪が落ちきる頃。
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