迷宮ネタ。自分の居場所を見失った九郎。
「ん……ってうわ!!」
最初は右も左もわからなかったのに、最早見知った土地となった異世界。
年不相応に騒がしい人種が多いために寂しさなどは無いが、ふと決別するようにして別れた兄が気になる。
心配しているのではない、心配してくれているかどうか、が。
こちらに望美たちが帰ってきたとき、彼女の母親は酷く優しい顔で迎えた。
彼女らが来てからほぼ一年向こうでは経っていたが、こちらでの時間は余り経っていないらしかった。
だが、多少顔つきが変わった娘を、何の疑いを持つことなく。
感極まって母親に突然抱きついた望美にも、友達が見ているのに甘えたさんねと笑うだけだった。
――――――自分が今帰ったところであの兄は喜びはしない。
それどころか疎ましがるのも目に見えているのに、信じて疑わなかった年月がそれを認めたがらない。
「駄目だな、おれは」
望美は、異世界に呼ばれたことも、神子の重責にも真っ直ぐに見つめて受け止め続けたのに。
鬱々と考えながら譲が「そうして貰ったのだから」と自分の家のように使わせて貰っている有川家に「今戻った」と入る。
だが、いつもなら誰かしらの出迎えがあるのにそれが無い。
「…出払っているのか」
茶を淹れさせてもらおうと台所へ向かい、まだ覚束ないながらも手順と道具は覚えたやり方を実践する。
あちらなら、自分で淹れるなんて鞍馬以来だと一人小さく笑った。
茶葉がその味と風味を湯の中に充満させつつある急須と湯飲みを持って炬燵に腰を下ろす。
何故か点いてる炬燵に不思議を感じ、ふとスイッチを見ると鮮やかな紫の髪が散っていた。
「ん……ってうわ!!」
視線を落とせば安らかな寝息を立てる望美。
恐らく留守番を言い付かったが暇になり寝てしまったのだろうが、むしろ考え事していたとは言え気付かなかった自分に脱力した。
「全く……望美、風邪引くぞ」
「ん……ぅ………」
微かに呻いたきり寝入ってしまった。
「はあ……」
その寝顔が余りに幸せそうと言うか、脳天気そうと言うか。
その顔を見ていたら何を栓のないことを考えていたのだと馬鹿らしくなった。
「……風邪を引いても知らないぞ?」
その流れる髪に手を伸せば望美の口許に描かれた弧が深くなった。
兄と作れなかった、鎌倉。
望美となら、夢に描くことも忘れてた幸せな未来を作れるかも知れない。
譬えば、髪を絡めているこの指を、その指に絡めるような、甘やかで優しい、輝くほどの笑顔が。
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