理想の人ってどんなひと?
「香穂さんは可愛いよ」
「ねえ加地くん」
「なあに、香穂さん」
「加地くんのタイプの女の人って、どんなひと?」
ぱちぱちと何度か瞬きしたあと、加地はその端正な顔を笑みで彩った。
「香穂さんだよ」
普通ならば頬のひとつも染めそうな甘い言葉。
だが香穂子は、少し困った顔をした。
香穂子がそんな事を訊いた理由はそもそも加地にある。
音楽性の憧憬に併せ恋情まで持った加地が香穗子へ寄せる好意は自他共に認めるもの。
だがその加地が、一般水準を遙かに上回って格好良いと言える部類に入る上、突出して文系に秀で、スポーツもそつなくこなし、自己評価は辛いが彼のヴィオラは星奏学院音楽科のヴィオラ専攻生にも劣らない。
対して自分は、別段目を引くような容姿ではないし、勉強もそこそこ。
ヴァイオリンも最初は魔法を使っていた。
スポーツも得意だった試しは無い。
簡単に加地に説明した香穂子ははあ、と溜息を吐いた。
「加地くんはね、私に色々してくれるけど、私加地くんに対して何も努力してないんだよね」
フェアではないと思った。
「僕みたいなのは器用貧乏って言うんだよ。
それに容姿って僕が努力して得たものじゃないし」
「でもそこが一番わかりやすいでしょ?」
「香穂さんは可愛いよ」
「そんなこというの、加地くんだけだよ」
言って机に突っ伏した香穗子の髪を撫でる。
放課後の教室に今は香穗子と加地しかいない為、香穗子もそれを止めない。
「……ね、香穂さん。
香穂さんの音楽は僕が初めて聴いたときから変わらないね。なんで?」
「…最初のコンクールの時にね、」
初めてリリから貰った楽譜。ーーーーーガヴォット。
フレーズを捉えてみると聴いた事がある曲だった。
だから記憶を頼りに、その解釈で弾いた。
自分が考えたんでも何でもない。
けれど参加者ではない音楽科の生徒が同じ曲を、全く違う解釈で弾いていたのを聴いた時。
大衆に耳馴染みがあるのはきっと香穗子が練習していた方。
だけれど、綺麗だと思った。
「その人にね、頑張てるねって言われたの。
なんにも頑張ってなかったのにね」
「………」
「でもそれから、私が弾く曲の一番綺麗な形で聴いて欲しいって思った」
きっと音楽は綺麗ばっかりの世界ではない。
作品も人も。
後者は特に自分が痛感している。
だからこそ、綺麗で楽しい部分を魅せたい。
「僕はね、そうやって向き合える香穂さんが、好きだよ」
香穗子が加地を見上げる。
その視線を受け、加地は香穂子の頭を撫でるのを止めた。
「僕の為に努力してくれるっていうならひとつだけ。
変わらないで、香穂さん。
僕は今の君が、好きだよ」
紡がれる言葉に頬を染めて半ば絶句した香穗子は二拍の後、軽く睫毛を伏せた。
「…甘やかしすぎ、だってば」
「そうかな?」
好きなタイプなんて聞かれても、きっと香穗子が望んでいるだろう答えは忘れてしまった。
香穗子の気持ちだってわかる。
理想のタイプなんてそれこそこちらが知りたいくらいだ。
けれど、香穗子が自分のそれを知りたいと思ってくれたその想いが嬉しくて。
そうやってまたひとつ好きになったひと以外の女性が、彼女より魅力的に映る訳がない。
愛おしさを込めて香穗子を見下ろしていた加地の指先がきゅっと握られた。
「ね、お互いが理想のひとって、凄い奇蹟みたい、だね」
ことん、と苦しいほど甘く心臓が鳴る。
また好きになる。
幾度繰り返しても、何度も好きになる。
「ね、香穂さん。キスしてもいいかな?」
またひとつ、恋に恋を重ねるまで、あと十秒。
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