プレイせずに友人から聞いてたイメージだけで書いたので似非臭いかもです。
「駄目ですよ!折角咲いたのに!」
漆の中にどっぷりと浸かったような真暗な闇。
瞼を開けているのか閉じているのかわからない。
だけれど、やはり開けていた。
知れたのは濡れたような緋(あか)が闇に溶けて赤黒く映っていたから。
暑くも寒くもない微温湯(ぬるまゆ)のような、気配がどろりと四肢に絡むその世界で見た緋は、最早血潮との差など微塵も無い。
色の無い花が、その様を見る。
もう、悲鳴も出ない。
現の声が、自分の耳にだけ届く声で呟く。
またか、と。
長槍を持って、静かに梶原邸を抜け出す。
きしり、と軋んだ射珠の風に促されるように、薄墨かかった芍薬色の髪がさらりと動いた。
なんて時間に目が醒めてしまったのだろう。
もう幾度と無く見た夢。
画策した頃には無かった裡からの責め苦が夢を見せる。
彼女が、来てから。
正しくは違う。
彼女の笑顔を守りたいと、叶わない願いを想い始めた頃から。
薄墨に降る濃藍が、これからあの真暗な世界がこれから迫り来るような錯覚を起こした。
気分転換の失敗をひしひしと感じながら、視界の端にちらと映る白色に目を向ける。
失敗どころでは、無い。
白色と思ったそれは、濃色ではないが、淡色でもない筈なのに、自棄に薄い色の紫陽花。
色はかろうじて赤と分かる淡赤。
普段ならば抑えるが、憚る人目が無い為に衝動のまま舌打ちする。
無意識に力の入った手が長槍の柄の感触を伝える。
偽りの花開くそれを、幾ら己に見立てても己を変えることは出来ないと知っているけれど、でも。
構え、薙ぎ払う直前に腕に重さを感じた。
否、衝撃を、感じた。
「駄目ですよ!折角咲いたのに!」
突如として現れた望美は長槍を持つ弁慶の腕を抱えるように抱き留めながら言った。
「……何をやっているんですか、この夜中に」
人の事を言えた科白じゃないとわかっていても驚きとそれを隠す小さな矜持と本音がそれを伝える。
危ないのは、本当だ。
力ずくの狼藉の下に色を求めて徘徊する男が決していない時世ではない。
時折、近くであれば劈くような、だけれど距離があるばかりに微かにしか聞こえない悲鳴でふと目を醒ます夜もある。
だが、それは望美の笑顔と科白で二の句が告げなくなった。
「だって、危なくなっても、叫べば弁慶さんなら助けてくれるでしょう?」
するりと腕を外す望美に苦笑交じりの笑顔を返せば、今度は微かに望美の顔が曇った。
「最近、よく抜けますよね。心配で……」
どうはぐらかそうと怒涛の勢いで頭を回転させたのを読んだかのように望美が伏せた瞳を再び上げた。
「起こしてしまいましたか、申し訳ござ、」
「……ッ、そういう事を言って欲しいんじゃありませんっ」
望美は声を荒げた。
「何が言いたいかわかってる癖に……っ」
他でもない己を心配して。
嬉しいのに、吐き気がするほどの不快感が腹を漂う。
今度は舌打ちを堪えながら、ふと思う。
幻滅させてしまえば、楽じゃないか。
そうすればきっとこんな夢も見ない。
何より、己よりももっと確実に笑顔を守ることが出来る誰かへ近づく。
願いが、叶う。
「……知っていますか、望美さん。紫陽花の花は花ではないんですよ」
脇に咲く紫陽花を見るように、だけれどその遠くを見る。
「誰もが好き好んで微笑ってる訳じゃないんですよ」
妖しく光る弁慶の瞳が紳士に塗り替えられる。
「繕って微笑うのは、それなりに理由があるのかも知れませんよ。
萼を花のよう開ける紫陽花だって」
相応の、理由が。
「……弁慶さんが、あたしに優しく微笑ってくれるのは裏があるってことですか?」
はい、と笑顔で肯定を返す。
「ぼくがこうして抜け出すのも、ですよ」
暗に戻れと告げる。
揺れた瞳は、またすぐに弁慶を映した。
「ねぇ弁慶さん、知ってますか?」
話始めの弁慶の科白をそのまま返して、紫陽花の花を見る。
「紫陽花って土の性質で色が変わるんです。紫だったり青だったり色が薄かったり」
笑顔の下に隠すという事は、そうすることが必要だっただけ。
紫陽花が昔から変わらず土によって変化するように、その繕う笑顔も一朝一夕に出来る事ではないから。
「煮えるというなら、あたしの傍にいて、あたしの色に染まってください」
せめて、傍にいるときは。
順応することでした生きれ(避けれ)ないと、貴方が言うならば。
だけれど、やっぱり貴方と紫陽花は違うから。
「だけれどいつか、本当の笑顔が見れたら嬉しいです」
くすりと笑った望美の笑顔に鮮烈な、だけれど優しい色を見た気がした。
一瞬の後に、弁慶が肩を震わせてくつくつと笑った。
願いは、自分で叶えるしかない。
否、叶えたい。
「貴女には降参です」
きょとんとした望美に弁慶はくすりと苦笑した。
「幻滅させようとしたのに、受け入れられるなんて」
光を通さない真暗な闇が望美の笑顔に塗り替えられる。
闇色が、白い肌を際立たせる色にしか見えない。
不快感が暖かいものになる。
衝動は抱きしめたいもの。
腕を伸ばせば、彼女はどうするだろうか。
背中に腕を回してくれるかも知れない。
拒絶され、払われるかも知れない。
気がつけば伸ばしていた腕が、望美の背中に回る直前見たのははにかんだ笑顔。
自分が、この純真無垢な笑顔の色に染まるよう、きつく、きつく。
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