望←弁(?)
怨霊は倒してこそ救っている。けれど傷つける剣を握っている。
「………そんなに哀しいですか?」
ひらひら
きらきら
ひらひら
きらきら
落ちてく形を持たない水晶は、陽光を反射して、地面とぶつかって、砕けて、染みた。
清浄さが、泣いていると気付かせるのに姿を見ても尚時間を要した。
「望美さん……?」
「弁慶さん………」
何故、殺そうとするのではと疑わず、無防備なまでに振り向くのだろう。
笑顔でひた隠して歩み寄った。
「泣いてしまっては花の顔(かんばせ)が台無しですよ」
座り込んでいる望美にあわせて膝を折って指で涙を拭う。
「雀、ですか?」
「突然落ちて来て……」
恐らく寿命だったのだろう、怪我ひとつ無いが、ひくりとも動かない。
「お墓を作りましょうか」
こくんと頷いた拍子に涙が舞った。
雀が突然落ちて死んだと、驚きもあってか涙を流す彼女と、瞳を剣と同じ色にひらめかせて舞うように軍中に飛び込む彼女は、余りにも結びつかない。
「弁慶さん」
折った膝に雀の亡骸を抱えて土を掘る望美を手伝いながら、座ってる分何時もより近い場所でその声を聞いた。
「あたしに治療の知識があれば、何とか出来ましたか?」
答えは、「出来ない」。
寿命は如何ともし難い。
仮令神たる龍神も、その龍神の加護を一身に受ける神子も。
だけれど出来る出来ないの答えは相応しくない気がした。
だから、問うてみようと思った。
「……そんなに哀しいですか?」
名も愛着も無い小鳥一羽の、死が。
「怨霊を倒す貴女が」
傷ついたように揺れた瞳から、酷薄そうに歪みかけた唇を布の影に隠した。
「……みんな…、白龍も、朔も、敦盛さんも言うんです。
あたしの浄化の力が、怨霊に対する唯一の救いだって」
泣きたいの堪えて望みは懸命に笑おうとするが、声が涙に濡れている。
「怨霊が本来人なら、生きてる人を傷つけて平気な訳無い筈です」
だから。
無言の接続詞を、涙を拭う動作で聞いた。
「最期だけ、辛いの、あたしだけが受け止めれるんです」
そっと目を伏せた。
それは、悪く言ってしまえば只の貧乏籤。
怨霊を悪しきものと割り切り倒さんとするには優しすぎる人。
そういう意味では最も相応しくない人種。
だけれど意志の強い彼女を突き動かすのが、仲間の命ならば龍神の神子としてならばこの上なく適任。
「なら、もし僕が怨霊ならどうしますか?」
ぴたりと表情が凍りつき、直向な笑顔が掻き消えた。
「僕が怨霊なら、」
ざあ、と風が木々を、木の葉を、髪を撫でる。
「救って(ころして)くれますか?」
言い終わらないうちに耳のすぐ近くで乾いた音が打ち鳴らされた。
「……っ莫迦!」
小鳥の亡骸を抱いた暖かさと同じ温度で叩いて、小鳥を悼んだときと同じ涙で泣いた。
「莫迦に…っ莫迦にしないで!そんなことっ!!」
彼女の物差は各々の大小ではなく、そのものの価値。
小鳥の命と、人だったものの命は等しく重い。
「そんなことっあたしの命に換えてもさせない!」
命と同じ温度で触れて、命と同じように泣く彼女が向ける想いは、命と同じ重さなのだろうか。
「あたしが…守りますから…っ!」
氷のような想いが、春に触れたかのように温度を幽かに持つ。
春は、彼女の手。
声を抑えて泣く彼女の瞳から溢れるのは、自分の冬最期の名残雪。
零れ落ちて、砕けるのが哀しかった。
「有難う、御座います…」
彼女の手の間から零れた珠雫を手に受け、温度を持ってまた春となる。
珠雫は、魂雫。
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