悪戯っ子望美と甘やかし弁慶。
外套の中あったかそう。
「寒そうですね」
「きゃー!朔っ雪だよ雪!わー!」
毎朝朔や譲に『ご飯が出来てるよ』と告げられて漸く起きる望美が切るような寒さで自ら目覚め、
そうかと思うと深夜から降り続いた雪で白銀の世界となった庭の景色に興奮し、
まるで幼子が母にそうするように朔に報告していた。
はしゃぐ望美に朔がくすくすと微笑を浮かべながら応える為によりそう見えてしまう。
「望美の世界では雪は降らなかったの?」
「んー降るには降るし積もったりもするけどここまでにはならないよー」
寒いところならもっと積もるけど、と笑って言った。
「あ、そーだ!九郎さん来た?」
「今朝はまだね。徒歩にしろ馬にしろ、この雪に足を取られてるんじゃないかしら」
味見してくれるかしら、と差し出された盃ほどの器に入れたあつものに暖と舌鼓を打ち、笑顔で持って「味見」の役目を全うして台所を出た。
いつもみんなで集まっている部屋から一番近い角。
何となく覚えた足音が九郎のものだとわかった望美はさながら悪戯っ子の笑みを満面に浮かべ、すっと差し出された爪先が見えた瞬間、手の中のものを思い切り投げ付けた。
「ぶっ?!なっ、つめ……っ!何だ?!」
「あっはははは!おはよーございます九郎さん!」
「望……っ」
怒るべきか諭すべきか呆気に取られて良いものか、悩むことも忘れ絶句した九郎が走ってく望美の背を茫然と見ながら、遠い東北に位置する奥州にいる、幼かった頃に拾った犬を思い出していた。
「さっむい」
その望美の言葉に九郎は小さく肩をずり落とし、朔は苦笑を漏らし、譲は白湯に擦った林檎を混ぜたものを渡した。
心底寒そうにそれを受けとり、掌一杯に暖かさを受ける。
「良く判ったね譲くん。ベストタイミングっ」
冷まし冷まし飲みながら言うと、譲は少しくすぐったそうに笑った。
「毎年じゃないですか。朝一で先輩ははしゃぐのに、兄さん朝駄目ですからね。
兄さんが本領発揮した頃には先輩はしゃぎ様が嘘みたいに寒がるから」
本人よりも譲が学習していることに恥ずかしさを覚えながら一口一口と口に運ぶ。
「どちらが年上なのかしらね、望美」
「……歳は私だよ?」
言い終わると既に素知らぬ顔で寒いなーと肩を抱き寄せ縮こまった。
「寒そうですね」
くすくすと笑いながら入ってきた弁慶の常と同じ姿に望美は目を止めた。
「弁慶さんは暖かそうですね」
「まあ…首ひとつ取っても髪だけよりも布のほうが暖かいですからね」
言いながら朔から借りた円座に腰を下ろした。
じっと弁慶を見ると外套をばさりと捲り上げその中へと入った。
「…望美さん?」
「……寒いんです」
「さながら二人羽織だな」
九郎の呟きには意に介さず、もそもそと外套の中で体制を調えながら弁慶の腰に腕を回して自分より高い体温を供給して貰おうと身を捩った。
「ふふっ弁慶殿は良いんですか?」
望美の行動が新鮮に感じられ何処か楽しい朔が弁慶や九郎たちに茶を振る舞いながら尋ねると、それには少しだけ悪戯っぽい顔を向けた。
「何でも対価無しには得られないのですよ。冬将軍からの防御も、ね?」
言われ、朔が少し視線を下ろした先には弁慶弁慶がかっちりと掴んでいる望美の手首。
朔はどうするか悩んだが、程々になさって下さいねと笑って譲に湯飲みを差し出した。
当の望美がそれに気付くのは、互いの人肌のぬくもりが緩く伝わって、同じ温度になったころ。
PR