文使童の一人語り?大好きな主の大好きなひと。
「その笑顔がとても好きなのです」
こんにちは初めまして。
初めてお目にかかるようですが、どちらの方でしょう?
ああ、でも申し訳ありません。
私、藤家のお邸までお遣いの途中なのです。
星の一族の姫様がお住まいのあのお邸です。
ええ、この文を届けねばなりません。
だから急いでいるのです。
ですけど勘違いなさらないで下さい。
主が急げとせっついたのでは無いのです。
主はいつも文遣いをさせるとき、「転ばないよう気をつけなさい、頼みますね」と言って下さいます。
ですが、やはり文は早く返り事が来ると嬉しいものなのだと聞きました。
それには早く届けなくては。
皺が寄らないように両手で持っているので走るとすぐ転びそうです。
それは主の命に違えるので、出来るだけ早く歩いているのです。
ああ、着きました。
こんこんと門を叩くともう顔馴染みになった門番の方が得心いった顔で中へいれて下さいます。
此処の方も優しい方ばかりですが、中でもこの文の方はとびきり優しい方です。
所謂、射干玉の髪、ではありません。
髪は尼僧の方より短いですが、優しい声音で迎えいれて文を受け入れるととびきり優しい笑顔で「ありがとう」と言ってくださいます。
その笑顔がとても好きなのです。
その御方がすぐに書くからとおっしゃるのでお庭で待たせて頂きます。
もう暫くお付き合い願えますか。
先ほどの御方のことですか?
いえっ懸想しているのではないのです!
どういえば…そう、争い事に巻き込まれ亡くなった姉を思い出すのです。
大丈夫です、どうかお気になさらずに。
言ったことはありませんが、あの笑顔が姉のように思えて大好きなのです。
先程の文ですか?
あの、その、所謂想いを交わされた方なら歌を交わすと聞いたのですが、本当にただの文なのです。
内容は知れませんが、歌ではないようなのです。
ですがお二人とも楽しそうなので懸念する必要はありません。
文とはお二人の間で交わされるもの。
お二人が楽しそうであれば宜しいじゃないですか。
一番大切なことを当たり前にされていらっしゃる方々ですから。
どうやら書き終わったようです。
え?お文に添えられるお花ですか?
私は大丈夫です、善きものをお選び下さいませ。
…いえ、私はただの雑色ですので、雅は明るくないのです。
あぁ、申し訳ありません、雅はわかりませんが、主の好みならば今度聞いて参ります。
宜しいですか?
女郎花にされたのですね、前に住んでいた家の裏に沢山ありました。
はい、お任せください。
文は無事、主へお届けします。
さて、今度は主のお住まいへ。
また帰りもお付き合いして頂けますか。
今日はとても楽しい日お遣いになりました。
次は何をお話しましょう。
え?主のことですか?
主は優しい方ですが、大変偉い方です。
やんごとなきお方です。
主の名は………。
「彰紋さま、返り事を頂いて参りました」
「有難う。ご苦労でしたね」
彰紋は濡縁まで出て水干姿の童を招き寄せ撫でると、女房に「唐果物を」と頼んだ。
文を渡したところでふと文童は先の約束を思い出した。
「彰紋さま」
「なんですか?」
いつもどおり柔和な笑みを湛え童に向けた。
「つかぬ事をお聞きしますが…今の時期ですと何のお花を好まれますか?」
きょとんとすると彰紋はくすりと笑った。
「花梨さんですか」
「う…あの、えっと……」
童が答えに窮して口澱むさまを見て口許で微笑ましく綻ぶ笑みを更に深くした。
「貴女が好きな花が好きですよ、と伝えて貰えますか」
それではまた、龍神の神子さまが悩んでしまいます、と心の中だけで呟いた。
丁度女房が持って来た唐果物を押し頂いて彰紋の前を辞した。
童だけは知っている。
少女が選ぶ花は決まって満開より少し前のもの。
少しでも長く楽しめるよう、だけれど文を受け取ったときに蕾ばかりだと余りに素っ気無いから、との配慮。
お互いの文を読むときの、文の差出主を想って自然と深まる笑み。
歌で無くても、それ以上に伝わるものがあるから。
童は思う。
もし、文遣いを御役御免する時が来れば、きっとそれは文を読むときに見せる柔らかな笑みを此処で手向けあうとき。
龍神の神子が、東宮妃として。
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