舞一夜話。季史封印後あかねと天真。天→あか→季
命をかけられるほどに、強烈に、鮮烈に、その分だけ儚くて、
あかねは焼けた舞殿が片付けられて行くのを見ていた。
友雅が半ば職権乱用で武官を数人呼び、中には知らないひとも混ざっている。
だが、内裏の警護が手薄にならない程度にしかいないため、八葉内の内裏に出仕する者以外にも人手が足りないため、全員駆り出されている。
頼久や天真、イノリは元より詩紋も今側にはいないし、法親王である永泉は雑多だが必要な許可を彼らの直接の上司に代わり出さなければならない。
あかねはひとりで、舞殿を見ていた。
否、炎上し片付けられてゆく舞殿に重ね、もう二度と逢えないひとを、見ていた。
様々な感情を綯い交ぜにして、一気に感じて無理矢理にに決着をつけたせいで今はもうどうしていいかわからない。
ふと視線を感じて首を巡らせると、風呂敷の包みを持った詩紋の大きな瞳とかち合った。
まさかこちらを向くとは思っていなかったらしい詩紋の肩が小さくびくりと揺れた。
「あ……あのね、先にあかねちゃんを手当てしようと思って、藤姫の邸で薬草貰ってきたんだ」
明らかに気を遣った、少し伺うような詩紋の声音にあかねは小さく苦笑した。
(そんなに声かけ辛いかな…)
乱れた呼吸は走ってきてくれたからで、殆ど落ち着いているのはそれだけ声をかけそこなっていたのだろう。
「……ありがとう」
ずっと黙って強張った喉のせいで小さい声しか出なかったが、詩紋には届いたらしく、緩くその顔が綻んだ。
「でもあたし小さい擦り傷だけだよ」
擦った掌を改めて確認する。
少しだけズキズキと痛むが、手当てが必要なほどではない。
みんなの方が、と言ったあかねに詩紋は首を横に振った。
「みんなこんなのすぐ治るって追い返されたんだ」
「でも、」
「あかねちゃんだけでも手当て受けてくれないと、僕が貰って来たの、無駄になっちゃうんだけどな」
悪戯っぽく笑って包みを掲げた詩紋にあかねは小さく微笑を返した。
それを応と受けた詩紋が辺りを見回し、視界に映る範囲で座れる場所が無い為、その場に座り込む。
詩紋が竹筒に入っている水を手拭いに染み込ませ、泥を拭い取る。
水が擦り傷に染みて、あかねは小さく眉を寄せたが、声にはならない。
その気配にちらと詩紋はあかねを見たが、平気そうだと思い、手拭いの汚れていないところを当て直す。
あかねの傷口を検分して、小さい砂粒がないか確認する。
乾燥していない薬草を少し揉み込んで傷口に当てる。
「………」
「………」
なんとなく、黙ってしまう。
言いたいことも話したいこともお互いある。
けれどきっかけが掴めない。
それを掴むように、詩紋は軽く息を吐いた。
「ごめん、ね」
「詩紋くん?」
突然の謝罪に訝ったあかねが詩紋を見ると、瞳が少し、揺らいだ。
「あかねちゃんが少しずつ傷ついてるの、気付いてあげられなかった」
「詩紋くん、ちが、」
「守る筈の僕たちが……」
空色した瞳から涙が零れてしまいそうになる。
それを止めたくて、あかねは何か言おうと先程遮られた言葉を紡ごうとする。
「詩紋」
あかねの科白はもう一度、別の声に遮られた。
いつの間にかこちらに近付いてきていた天真がいた。
「あっち目処ついてきたから、あいつら順番に手当てしてやってくれるか?」
「うん。あ、でも先輩は……」
天真は見上げた詩紋の前髪を掻き混ぜるように撫でた。
「あとで行くから先あいつら頼む」
「……わかった」
頷いてあかねに小さく手を振った詩紋は袂を風に含ませ、走って行った。
「……天真くん」
見上げたあかねに軽く笑んで、天真はあかねの隣りに座った。
「怪我は大丈夫か?」
「あたしそんなに怪我してないよ。詩紋くん大袈裟に薬草持たせてくれたけど」
大したことないでしょ、と掌を見せたあかねに、天真は違和感を感じた。
じっとあかねを見つめる。
緩く描く弧に沿って描かれる桜色の唇。
さらさらと靡く、桃の髪。
少し血の気が失せた肌色はむしろ今は自然だ。
けれど。
「あかね」
少し高い、天真を見上げて、あかねのきょとんとした問い掛けるような瞳が、長い睫に縁取られた瞼によって下ろされ、ゆっくりと瞬きが一回。
「そんな顔するくらいなら、泣いてくれ」
風が幾筋かの、髪を揺らす。
「……え?」
疑問符を投げたあかねが苦笑した。
「…そりゃね、ショックだよ?けど、封印したのあたしだし。それを決めたのも……」
包むように、あかねは両手を軽く広げ、その手を見つめる。
「心配かけてごめんなさい。
けどもう大丈夫、だから。神子を、やり遂げたいの」
言い切る前に、あかねの肩に天真の腕が回る。
「天、」
「そんな泣きそうな目して、言うなよ」
あかねはそんな泣き方、しない。
心で痛いくらいに泣きながら、笑ったりなんてしない。
危うさが余りにも脆くて、抱き寄せてしまえば砕けてしまいそうだから、自身が近付いて凭れさせかけるに止めた。
「おれたちじゃ、あいつの為に泣いても悼んでもやれない。
お前が泣いてやらないで、…笑ってて、どうする」
自分で選んだ、あかねの為の最善。
けれど、恋心が、痛んで、強く目を瞑った。
あかねは、天真が呆れるほどに優しい。
出来なかったけれど、子供の怨霊すらその心で救おうとした。
けれど、今彼女が傷つくのは命そのものの喪失ではなく、それほどに大切だったから。
……自分が、知らない男が。
腕の中であかねの肩が強張っていくのと、むき出しの腕を震える指が掴んだのを感じた。
「……っう、れしかったの……。
辛くて辛くて、寂しかった時に出会ったの……」
この数日をあかねは思い出す。
知らない世界で存在意義がわからなくて、落ち込んで、雨でけぶる視界すらそうとわからなくて、心のように掠った袂。
ただ、それだけで薄衣を渡してくれた。
神子だとか、そういうことではない、個人として、少女として見てくれた。
話を聞いてくれた。
欲しい言葉をくれた。
優しい心をくれた。
まるで雨上がりの雫が太陽の光を受けて輝くように、きらきらとした至宝。
だから本気で、彼が必要としてくれるなら神子の力でもなんでも良いと思った。
「好きだった、好きになった……。けど浄化したのはあたし、で……っ」
神子だから、最期に導いてあげれた。
神子だから、彼を現世から切り取らなければいけなかった。
同じものが安堵と悲哀を呼び込むから、どうしていいかわからない。
もう、「あかね」としての恋心も伝えられない。
もう、あの古寺で他愛も無い話をすることもない。
もう、二度と逢えない。
「なんであのひとだったの…っ なんであたしだったの……!」
恋を、しただけ。
どうしようもなく、やりきれない。
「あかね」
嗚咽が治まり出すのを待って、宥めるように安らいだときの心臓と同じ速さで背を撫でながら、天真は努めてゆっくりと名前を呼んだ。
「神子が嫌なら、あの邸を出たって良い。
言えてなかったが、詩紋とおれとあかねの三人で住む手筈は整えてあるし、生活力には自信がある」
メシも詩紋がいれば問題無い、と妙に真面目に続ける天真にあかねがあたしは?と返すと、いつかの香ばしすぎるケーキはどうしたと、一瞬のあと二人で笑った。
笑いあった、あと。
「けどおまえが神子を続けたいなら、おれは、おれたちは支える。
あかねが神子だからじゃない。
あかねだからだ」
「天真くん……」
「何も考えず、お前がやりたい方言えよ?喩え、」
この世界の人間すべて敵に回しても、守りきるから。
永遠に、想いが叶わないとしても、揺らぎはしない。
「あた、し………」
神子になろう、と思った決意が少し揺らぐ。
唇が震えた。
《神子が、あかねで良かった》
不意によぎった声。
心から良かったと思っているとわかる声音で。
神子を、やめる。
それは、最期にくれた言葉を、無に帰してしまう。
本当に良かったの?
怖くはなかった?
痛くはなかった?
あたしは、あなたの安息の光になれた?
聞きたいことは、沢山あるけれど。
どうか、優しいあなたが優しい場所にいますように。
あのひとが良かった、と、言ってくれるなら。
「天真くん」
少し仰いで、天真を見上げる。
笑っているつもりはなかったけれど、天真の蒼弓の瞳に映るあかねは、笑顔を浮かべていた。
「頑張る。頑張れるように、力を貸して欲しいの」
天真の笑顔に安堵が広がる。
その肩越しの空に、あかねは虹をみつけた。
天真の肩を掴んで反動を付けて立ち上がった。
「天真くん、虹!おっきいねー」
それにつられるように天真も立ち上がった。
東雲の空にかかる、半円の虹。
「…季史さん……」
声につられ、思わず天真は虹を見上げるあかねを見た。
ゆっくりとスローモーションを見ているように、あかねの瞳が閉じた直後、穏やかな風が吹いた。
それはまるで、口づけのようで。
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