天真の努力にあかねの自覚。
「……無自覚かよ…」
あなたは何も言ってくれない。
「鈍い」と良く言われてしまうけれど、きっと、気付くから。
あなたのことなら、きっと気付くから。
「はッ!」
低く、けれど鋭い怒号に似た声のあと、木刀が降り下ろされた。
が、当たる直前で木刀がそれを遮り、打ち払う。
弾かれた側が態勢を整え切る前に踏み込み、更にそれをすんでのところで防ぐ。
両者の力が拮抗しあい、だが僅かな、自分でも突かれるまで気付かなかった隙を取られ、一度離れた木刀は降り下ろすことで力を増し、木刀が後方へ弾け飛んだ。
「は…!…っそー…」
乾いた音を立てて落ちた木刀を肩越しに一瞥して、天真はその場に座り込んだ。
「ああっくそっ!勝てねー!」
自らへと悪態を吐く天真に対し、頼久は息は乱れているものの天真ほどではなく、直立している為天真を見下ろしている。
「だが天真。お前は随分剣も上手くなったぞ?」
「お前には勝てねえがな」
憮然としたままの天真に苦笑し、弟を持つ兄はこんな気持ちかと思う。
「私は八つも違う上、生業にしているのだ。
そう簡単に越えられても困る」
そうだけどな、と見上げた天真に軽く笑みを返し、頼久は自分が打ち払った天真の木刀を回収しようと歩み出た。
が、三歩歩かないうちに天真の制止がかかる。
「あー、いい。俺が片付けておく」
「疲れているのではないのか?」
「平気だ。それにお前はこれから仕事だろ」
くたばってられるか、と勢いをつけて立ち上がった天真は落ちた木刀を回収し、頼久が手にしていた分を受け取った。
「神子殿のところに行くのか?」
「ああ。もうそろそろ起きんだろ」
言って、天真はすっと太陽を見上げ、今の時刻にあたりをつける。
七時くらいか、と思ったところでこの世界にしっかり適応している自分の図太さに小さく笑った。
「しっかりお守りするのだぞ」
毎朝のように同じ科白。
天真に用事があるとき以外、繰り返されている科白。
太陽から頼久に視線を動かした天真が幾ら探っても、頼久は全て本気だ。
勿論自分とて本気であかねを守ろうと思っている。
だからこそ毎日特訓しているのだ。
だが余り直接的な言葉を使いたがらない自分にとって、酷く新鮮だ。
「おうよ」
笑って、天真は二本の木刀を持って、しまってある納屋へ向かった。
「大丈夫かな」
あかねは軽く皺を伸ばすようにはたきながら目視点検し、角盥で顔と髪をチェックした。
薄い黄色のスカートを翻し、あかねは襖に手をかけ、引き開けた。
もう随分勝手が分かり、自分たちの世話を買って出てくれている藤姫の部屋へ向かおうとした。
が、その足はすぐに止まる。
向かおうとしたところで、柱に凭れかかるひとを見つけた。
明るい、オレンジの髪が陽光にぶつかって、光る。
「天真くん?」
呼び掛けたが、応えは無い。
それどころか、目立った動きが見えない。
小さな軋みさえ厭うように、ゆっくりと足を進める。緩やかに上下する肩。
しっかりと閉じられた瞼。
脚は胡座を掻いているが、腕はそのままに投げ出されている。
(寝て、るんだ)
慎重にそこに座って、あかねは観察を始めた。
闊達なイメージが強くて気付かなかったが、閉じた瞼を縁取る睫毛は案外長い。
顎を引くように寝ているせいか影すら作るほどに。
(そういえば肌もきれい)
強いのか、日焼けにすら頓着していないのに。
ズルイ、と口の中だけで呟いた。
改めて見、ふと気付いた。
露出している腕しかわからないが、現代にいたときより逞しくなっている気がする。
その筋肉の線を辿るように視線を落としていくと、行き着くのは傷だらけの手。
現代でもあかねとつるみだしてから減ったが、喧嘩はしていたらしく生傷は絶えなかったが、その傷とは違う。
そろりと掌を広げると、親指の付け根や指のすぐ下に痛々しいほど赤く爛れたような傷。
明らかに堅くなりだしている皮膚。
傷、ではなく、マメだと、一瞬のあとわかった。
(あたし、だ)
守る、と言ってくれた。
これがその形なのだろう。
申し訳ないと思うのと同時に、どうしようもなく嬉しかった。
大切にしてくれてる、と。稽古を始めた、と言っていたのは一回きりで、こんな手になっているなんて知らなかった。
何も言わない。
髪を掻き撫でる手つきも、ぶっきらぼうだけれど。
こうやって、ひとつひとつ見つけていきたい。
言葉にしないこと、全て。
「だいすき、天真くん」
まるで花開くように、ほろりと出た言葉。
「え?……っ」
自分の声を聞いて、意味を理解して一気に頬が熱を持った。
(あた、し…!)
少しでも治まるようにと、掌を熱い頬に押し付ける。
(天真くん寝てて良かったー!)
恋を自覚したのと告白が同時、なんて、そんな。
「~~っ」
勢いよく立上がり、でも出来るだけ音を立てないようにしながら、あかねは藤姫の部屋へ向かった。
軽い足音の余韻すら消えた頃。
「……無自覚かよ…」
ずる、と天真は柱に凭れかかった背を落とした。
じわじわと頬に熱が帯びる。
心を向けて欲しくてしたことにはとことんその本意に知る事はなかったのに、やりたくてやっていることに心を向けるなんて。
(めんどくせぇ女)
胸中で思う、その科白から想像もつかないくらい、心が暖かい。
本当は狸寝入りだった。
否、転た寝しかけていたが、あかねが部屋を出る気配で覚醒した。
脅かそうとしただけ。
なのに、痛いほどに見つめるから、動けなかった。
(どうすっかなー)
自分しか見えないほどに、彼女の心が欲しい。
端は掴んだ。
けれど、その端すら思いがけなかった彼女の乙女心を掴むのは難しい。
諦めるつもりは無いが。
半ば好戦的な笑みをあかねの背が消えた方へ向け、ゆっくりと彼女が向かった先へ歩き出した。
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