「神子」になったあかねに何かしてあげたい。
「今のぼくじゃ、守れないよ…」
現代から千年遡った都・京に来て、「守ってあげるから」とあのひとに言ったのに、未だそれは叶わない。
端々で助力になれる事はあっても助けるには至らなくて。
無力の末に投獄までされて、頼り無げな心を痛めさせて、優しい瞳を濡らさせた。
悔しい。
もどかしい。
腹立たしい。
だから、何かせずにはいられなかったんだ。
がッ、と打撲音が篭って響く武士寮の付近。
時折一際大きな音にびくりと肩を震わせながら、詩紋は神妙な顔でその前を佇んでいた。
目的を果たすべく、打撲音と大声が響いても尚誰かに聞こえるようにとすぅ、と息を吸い込んだ。
溜め込んだ息を声にしようとした時。
「詩紋。どうしたんだ?」
ふいに掛った天真の声と無造作に置かれた肩に出掛った声は逆戻りして噎せた。
「っ…!、げほげほっ」
「あぁ悪ぃ、驚かせたか?」
「大、丈夫…です…」
けほけほと遣り過ごす様に名残の咳を出しながらも答えた。
詩紋の背中を摩って宥め、用件を尋ねた。
「で、武士寮までどうしたんだよ」
「…僕、あかねちゃんの役に立ってないなあと思って…」
「あん?」
強くなりたい、と言外にだけども十二分に含めて言った。
術が使えず、かと言って武術を心得てる訳でも知略が巡る訳でもない。
あまつさえ守られてしまう。
神子を守る八葉が、守るべき神子に。
「今の僕じゃ守れないよ…」
衣に皺が付くほど握り締めて白くなっている詩紋の拳を見て、昨日今日悩み始めた訳では無いことを悟る。
ふ、と一つ、天真が溜め息を吐いた気配が動く。
溜め息、だがそれの気配の和かさに顔を上げ、詩紋はそこで自分が俯いていた事に気が付いた。
きっちりと目線が合ったのを確認してから天真は腰に手を当て、言った。
「あのなぁ、何もあかねを守るのは体だけじゃないだろーが」
「え……」
「現代から一緒に来たのは俺ら二人だろ。気ぃ許してねぇって意味じゃないが、
少なくともこっちの奴らよりも安心してんじゃねぇの?」
メンタル的な部分だな、と続けた。
自分より低い、だが大人になりきっていない声が自然と耳朶を通る。
「お前は確実に、あかねを救ってやれてる」
気にすることじゃないと言うようにぽん、と頭に手を乗せた。
「それでもあかねに何かしてやりたいんなら話聞きに行って来い」
天真と別れ一人で歩きながら、詩紋は考えていた。
――――あかねちゃんの為に、何かしたい。
但しさっきのような切羽詰った感情ではない。
もっと穏やかに。
庇護の対象ではなく友人として。
だけども天真や他の八葉、異性の藤姫や女房に対するよりもずっと甘やかな想い。
それは本当に稀薄なほどに微かに。
――――気持ちを所有する本人が気付かないほど。
そうしてふと足が止まった先は、馬場。
何かが頭の中を掠め、引っ掛かった。
弾かれたように踵を返して走って捜して視線を廻らせ、、目的の人物を見付けた。
「頼久さぁんっ、お願いがあるんです!」
そして数日。
安倍晴明の最後にして最強の弟子・陰陽師である泰明が玄武の札を得たその日に山中へと駆けるのを最後に、彼の消息がぷっつりと途切れた。
以前泰明にあったと言う鬼のイクティダールの申し入れを、それの対象であるあかねがばっさりと断った。
小天狗がいた角盥を寂しげに見つめる背中が儚そうに見え、詩紋は思わず声をかけた。
「あ、かねちゃん…」
いつもより僅かに潤んでいるように見えどきりとした。
泣き出しそうに見えた貌は一層儚げな笑みに変わった。
「あたしびっくりしちゃったぁ」
ふふ、と笑うと拍子に零れた涙を指先で拭い、それを見つめる。
「詩紋くん、いつの間に乗馬なんて出来るようになったの?」
言われ、再び違う意味でどきりとした。
照れ臭くて、だけど顔は反らしたくなくて、笑った。
「ちょっと前から、頼久さんに教えて貰ってるんだ」
嬉しそうに微笑んでくれるあかねの優しさに、本当に嬉しくなった。
きゅ、と涙が乾かない指先ごと、両手で握った。
「…武力も呪術も無いけど、頑張るよ」
「詩紋くん…」
「僕が」
少し、声が震える。
「僕が、あかねちゃんを守るよ」
これは宣誓。
言葉にしなければいつかまた誰かに弱音を吐いてしまいそうだと思った。
行き着く結果は同じでも、もう嫌だ。
情けない堂々巡りは、もう繰り返さない。
スカイブルーの瞳に映り込むあかねがその真摯さに驚いて、再びゆうるりと笑みに彩られた。
違いは、儚さの代わりに柔らかさ。
「頼りにしてるよ」
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