目が醒めると自分に似たこどもがふたり。
「しゃーねーなぁ、参ったか!」
ぱちり、と原田が眼を開くと、やけに丸みのある手がすぐ近くにあった。
手?と思いながら眺める間もなく、その手は速度を緩めず原田の視界と、バチンと音を立て激突した。
「ってぇ!」
がばりと起き上がると、きゃあきゃあとやけに楽しそうな幼い嬌声がきこえた。
その声に誘われるように視線を下ろすと三つ四つ程度の女童と、その弟らしい男童がいた。
悪戯が成功したかのように、否、事実そうなのだろうが、顔を見合わせてふたりしてじゃれあう。
(総司あたりなら嬉々として遊ぶんだろうな)
何故か見当たらない仲間を思いながら、ころころとじゃれつく小さな生き物を見る。
ひとしきり笑うとぱっとそのままの笑顔で原田を見上げた。
「ててさまっ」
「ててしゃまっ」
「は?」
思わず辺りを見回す。
だがどこともしれない原っぱに自分と子供しかいない。
何よりその子供が、全幅の信頼を置き信じてやまない瞳で自分を見上げている。
(俺か……!)
理解できたが何故そんなことになったかわからない。
自分にこんな子供がいる訳がない、そんな無責任なことはしていない、筈だ。
しっかりと子供の歳くらい前のことを思い出しながら「間違い」は無いと確信を持つ。
それに自分が認識していない子供が父と懐くことも解せない。
自分が知らない、ということは子供も自分を知らない筈だ。
だが父様とあどけなく慕われたら確信も薄らいで自信が揺らぐ。
何よりも他人とはちょっと思えないくらいには似ている気がするのだ。
そもそも此処は何処だ。
子供達を見つめ、ふと気付く。
子供も父がいるなら、母親はどこだ?
「なぁ、かかさまは何処にいる?」
「ごはんをつくるから、ててさまとあそんでてって」
「あしょぶー!」
言いながら原田の懐に飛び込み、また笑いあう。
(……まあいいか…)
此処が何処かわからないなら帰りようがないし、こんな幼子二人を置いていくほど鬼ではない。
父親が自分かどうかは一先ず置いておく。
このくらいのこどもなんかは、父親くらいの年齢の男をとりあえずそう呼ぶこどもも居ると聞いたことがある。
「よっしゃ、遊ぶか!」
懐からよじ登ろうとしていた姉弟を肩口で抱えて立ち上がる。
なかなかに新鮮な高さらしく、それだけで笑ってはしゃぐ。
ふたりして乗せられた肩の上で暴れだした為、少し勢いをつけて地面に下ろす。
弟をひとまず置いておき、女童を転がし腹やら首元やらを擽る。
「おらっどうだ!」
「きゃー!やー!」
少し乱暴かと思ったが笑い声とも悲鳴ともつかない声で逃れようところころ転がる。
それに好奇心を閃かせ、助ける体で男童がぴょんと擽る腕に飛びつく。
「よぉし、それでこそ男だ!だが甘い!」
手は止めないまま男童を引き剥がし、そのまま女童同様擽るが、二歳程度の体が小さすぎて腹というよりも体を擽る形になる。
「てっ、ててさまっこう…しゃん!こうさぁん!」
「こうしゃ!」
息も絶え絶えに笑いながら白旗をあげ、男童も原田の大きな指を小さな両手全部つかって一本あげようと奮闘している。
「しゃーねーなぁ、参ったか!」
「はー、はー…まいんない!」
「ええええ!」
胡座を掻いた原田の上で反動をつけ、原田の顔目掛けて飛びつく。
それに続き男童も原田の胸に飛びつく。
完全に不意打ちを食らった原田がぐらりと傾ぐ。
「ちょ、おまえらっ、うわ!」
自分が受け身を取るのを瞬時に諦め、間違ってもふたりが怪我をしないように太い腕一杯に、がっちり抱きかかえる。
幸い草むらにいるため、さほど痛みも衝撃もない。
殆ど顔の上にいると言って良い女童と首元までよじ登ってきた男童が、何がそんなに気に召したかわからないが、自分に抱きつく力を強めた。
「あー、降参だ降参」
こども特有のあまい匂いに目を細める。
目を覚ました時は何の夢だと思ったが、新撰組幹部として生きた自分こそが何かの夢ではないかと思う。
血腥くて、嫌な事が多くて、でもあたたかくて何処か幸せだった夢。
ゆめ、と口の中で呟き、はたりと瞬く。
今の光景が、いつかはと願っていた夢そのものだ。
「あっかかさま!」
「かさま!」
跳ね上がるように起き上がり、小柄な人影に向かって走る。
(元気だなあいつら…)
体と思考に微睡みが纏う原田は緩慢に身を起こした。
そして逆光で見えづらい人影のある景色を受け入れる。
「ててさまにたぁっくさんあそんでもらったの!」
男童を抱き上げ、よかったわね、と女童の頭を撫でる。
原田を見、その女性が微笑む。
あなた、と呼ぶ透明感のある、あんたは誰だとか此処は何処だとか、本当に俺のこどもかと聞きたいことはあった。
あった筈だが、全て些末なことに思える。
だから、詰問する代わり、瞬きをするようにその微笑みを受け腕を上げて自分を示す。
呼吸するよりも自然にその名を呼ぶ。
今正に呼ぼうとする瞬間も彼女のことはわからないが、唇が知っている。
「―――…ちづる」
「はい?」
世界ががらりと暗転した錯覚のあと、ぱちくりと瞬かせる千鶴と目が合った。
状況が飲み込めず、驚きを通り越して驚いた顔もできない原田の代わりのように、千鶴が目一杯驚いた顔をする。
「てっきり寝てるんだと…」
繕い物をしてるらしく、千鶴の側には男物の着物数枚とあさぎの羽織がある。
ほっとしたような、少し未練があるような、紗幕がかかったような曖昧でぼやけた気持ちが残る。
「寝てた…んだけど、な」
少し自嘲気味に笑う。
「なあ、千鶴。前に話したおれの夢、覚えてるか?」
「平和になったら、って話ですよね」
他の奴には知られたくないと言ったから千鶴はあえて遠まわしに言った。
その気遣いが心地よくて、自嘲の色が柔らかくなった。
「…ああ。そのな、夢をみたんだ。
ちんまいこどもと遊んだだけで…あと少しってとこで嫁さんの顔もわかんねぇんだけど」
いつか、叶うのだろうか。
不意に千鶴の手がゆっくり近づく。
今度は遠慮なしにぶつかることはなく、優しく被せられる。
「…もう少し寝たほうがいいですよ。
土方さん来たら起こしますから」
千鶴の手で閉じられた瞼を薄く開く。
「今だって…夢見てもいいと思います」
千鶴の手の温もりの余韻と、陽に照らされた千鶴の笑みに誘われるように、とろとろと睡魔が思考を飲み込む。
「あ…ああ……わるい、な……」
それだけ千鶴に告げ、二度目の午睡に入る。
眠りに落ちる寸前。夢を見ても良いと微笑った千鶴の顔と、光の加減で見えなかった、あの女性の顔が重なった。
(……千鶴が俺の夢なのかもな)
すとん、とどこかで納得し、心地良い微睡みに体と意識を委ねた。
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