柚木ハピバ。の筈。
見知らぬひとの結婚式を祝ってみる。
「お前だよ」
「結婚式……」
ふと隣りで呟いた香穂子を見ると、香穂子は小さなチャペルで行われていた結婚式に目を奪われていた。
「ジューンブライドだね」
梅雨時期には珍しい晴れ。
緩く口許に弧を佩いて熱心に見る香穂子を見、つい昨日まで「もうすぐお互いテストだからデートして欲しい」と駄々っ子のようにくずっていたとは思えず、相変わらずだなと
口の中で呟いた。
そしてぐるりと辺りを見回し、目的の店を探す。
それが無ければ香穂子には諦めて貰うしかない。
「少し待っておいで。すぐ戻るから」
「?はぁい」
香穂子をその場に置いて店に入り、少し首を巡らせると女性店員が半ば急ぎ足でやって来た。
「いらっしゃいませ、何かご入り用ですか?」
「ええ…ここに……」
言いかけ、フラワーキーパーの中に目当ての花を見つけた。
柚木が入ったのは花屋。
ああいった場面を見ると何か祝いたくなる香穂子の優しさを汲んだのだ。
「この薔薇二本にカスミソウつけて軽くラッピングして貰えますか」
わかりました、と返事した店員は慣れた手つきで指定された色の薔薇の中でも良いものを探す。
待っている間、手持ち無沙汰でフラワーキーパーの中を眺める。
「お待たせ致しました」
「すみません、これも同じようにして貰って良いですか」
にこりと笑顔で承った店員は再度状態の良いものを選び、形を整える。
今度はその様を見ながら口許が緩むのがわかった。
花には馴染みはあるが、まさか贈り物として買い求めることがこんなに嬉しいとは思わなかった。
会計を済ませ店を出て、いまだ見とれている香穂子の肩を叩く。
「お待たせ」
「何処行ってたんです?」
「これ」
ついと前に差し出したのは丁寧にラッピングされたベージュの薔薇。
「渡してくるだろう?」
「~~っ有難う御座いますっ」
生花で装飾された門扉を開け、香穂子の後を追った。
「あのっ」
薔薇を指先で握り、傷まないようにしながらもどう説明したものかと香穂子が詰まり、新郎新婦も初めて見る少女の乱入に些か戸惑っているようだった。
全く、と口の中で呟き、香穂子の肩を抱き寄せた。
「突然失礼しました。
通りすがりに見掛けたのですが式に感動してしまって…。
迷惑かと思ったのですが、何か祝いたくて。ねぇ香穂子?」
つらつらと出る科白に呆気に取られて居る香穂子にだけ見えるよう、素に近い笑顔を向け肩を抱いて居る手に微かに力を込めた。
それにはっとするとこくこくと頷いた。
「まあ……ありがとう」
化粧だけでは無く、心から綺麗に笑う花嫁に緊張で力を入れていた香穂子の肩の強張りが解ける。
ドレス同様、細やかな装飾が施された純白の手袋を嵌めた手が、香穂子が差し出した薔薇を受けとる。
それを見、新郎と微笑み合う花嫁は本当に綺麗に映える。
「お礼にこれを受けとってくれないかしら」
香穂子に花嫁が差し出したのはカサブランカ・リリーや薔薇など白で統一されたブーケ。
「えっ」
でも、と少し渋る香穂子に花嫁は笑みを深くした。
「仲間内では私が最後だし…それに何よりこうやって祝ってくれた貴女にも幸せになって欲しいわ」
少し困惑した瞳とちらりと視線が合った。
「頂いたら?これ以上断るのは失礼だし…欲しいのだろう?」
言ってやるともう一度差し出す花嫁に香穂子は笑顔を向け、ブーケを受けとった。
「…有難う御座います」
柚木と、花嫁双方に向けて。
「ふふふー」
両手でブーケを持ち上機嫌で歩く香穂子の額をぺちんと叩いた。
「たっ」
「痛くない。はい、これは俺から」
香穂子の眼前に差し出したのは後から買った薔薇。
仄かなピンクのスプレー薔薇。
「これ……」
「あの薔薇買ったときに見つけたの。
全く、俺が本気で女を花に例える日が来るとは思わなかった」
掻き上げた濃紫の髪が視界の端にちらと映る。
「あた…しこんな可愛くな……」
「お前だよ。全く…恥ずかしいくらい柔らかい色の花をいくつも咲かせるんだから」
言われている香穂子の顔もみるみるうちに朱に染まっているが言うこちらも恥ずかしい。
だけれど、伝えたいと思った。
散ることを知らない花がもう数えきれないほど咲き誇っている、この色を。
「……何か言えよ」
最後に柚木が言葉を切ったきり黙りこくる香穂子に照れを悟られたくなくて半ば当たるように言った。
「だって……嬉しくて言葉なんて…」
上気した頬のまま言う香穂子が持っているブーケにある白の薔薇を一輪抜く。
スパイラルに組まれたそれは一輪抜けた程度では崩れない。
手早く香穂子の髪を纏め上げその薔薇を挿してくるりと回し、薔薇一輪で留め上げる。
「せん、」
「俺が、染めるから」
触れるだけのキスを額に送る。
「それまで、染み一つ許さないよ」
「……染みどころか、もう染め上がってますよ」
うっすらと涙を浮かべ、恋人に向けた香穂子の笑顔は、確かに柚木だけの色。
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