柚香ハロウィン話。まったりしてる…はず……。
私が書くと長文になりがちですが珍しくショートショートくらい。
「というか先輩のトリックは洒落になりません!」
少し肌寒くなってきたが、人気の無さを理由に柚木と香穂子は屋上で昼食を採った。
弁当箱は横に退け、なんとはなしに秋の突き抜けた空を見ていた。
のんびりと時間が流れ、五限目開始五分前を知らせる予鈴までを楽しんでいたが、その時間は突然あっと声をあげた香穂子によって幕を降ろした。
「柚木先輩っ!トリックオアトリート!」
どう考えても授業の合間の休憩にお菓子を食べそうにない恋人に、香穂子はどんな悪戯をするか考えながら両手を出した。
口端を軽く上げた柚木の手から、香穂子の予想に反してバラバラと個別包装のお菓子が降った。
「はい、トリート」
にっこりと笑って柚木はあからさまに残念そうな香穂子を見た。
「甘いな。お前が俺を知ってるより俺はお前を知ってるよ」
殺し文句に近い科白も今の香穂子には嫌味にしか聞こえなかった。
「どうせ単純に出来てますよ!」
香穂子はむぅとむくれて金紙包装のお菓子を手に取り、一口サイズの焼菓子を半分残して噛み割ってさくさくと咀嚼した。
「香穂子」
「ふぁい」
「トリックオアトリート?」
一瞬きょとんとした香穂子は思い切り眉をしかめて体中を叩き、少し悩んで先程柚木に降らされたお菓子を掴んでその掌に乗せた。
「これおれの」
「貰ったんであたしのです。
というか先輩のトリックは洒落になりません!」
「よくわかってるじゃないか」
「………先輩、人としてどうかと思いますよ」
精一杯の悪態のつもりだったが、柚木には痛くも痒くも無い。
「まあでも、今はどっちかって言うとお前が卑怯だし?」
「へ?」
小さく呟いた声は次のお菓子へ興味を移していた香穂子には届かなかったらしい。
口端で笑って、柚木はチョコの包装を剥いた。
「香穂子」
「お菓子まだ残ってるんですからね!」
「違うよ。ほら」
柚木は指先で摘んだチョコを香穂子へ向けていた。
何となく予想はついたが、手を出すとすいと後方へ―――――柚木の手前へ引いた。
「口開けて。これくらいの罰ゲームは受けないとフェアじゃない」
「ふぇ……フェアなんて先輩の口から聞く単語じゃありませんよ……」
柚木が正しい、と言うよりも最終的に逆らえない香穂子は観念したようにおずおずと口を開けた。
摘まれたチョコの端を前歯で挟み、香穂子が食べようとするよりも柚木がついと顔を寄せる方が速かった。
香穂子の口内に入っていない大半のチョコは柚木の口腔へと消え、割った拍子に香穂子の唇についたチョコの欠片を舐め取った。
「ん、な、に、を……」
「だからトリートだろ」
事も無げにさらりと返って来た柚木の返事に、羞恥と戸惑いの綯い交ぜが香穂子を襲った。
「トリートなんてもんじゃないですよ!譲歩してチョコは…良くても!
く、唇舐めるなんてもうトリックですよ!いえもうセクハラですよ!」
「恋人にセクハラして何が悪い」
「なん……っ」
そもそもセクハラが心外だ。
混乱して絶句した香穂子に柚木は追い討ちのように笑った。
「チョコはトリートでもトリックでもないよ。おれのお菓子はお前だから頂いたんだよ」
さっと音が立つほど頬に朱が走った香穂子に柚木は喉を鳴らして笑った。
「なぁに、そんな顔して。まだ食べて欲しいなら食べてあげるよ?」
ゆったりと甘く吐息を混ぜ込んで囁く科白と共に、柚木にさらわれた香穂子の指が甘噛みされた。
軽く挟まれた歯と指先に当たる舌の感触で、はっとしたように香穂子は首を降った。
「いりませんっ」
手を柚木の魔手から取り戻し、お菓子をひとつ掴んで包装紙を取り、今度は一口で放り込む。
眉間に皺を寄せたままさくさくとお菓子を消費していく香穂子に、柚木は笑った。
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