金色のコルダ2阿弥陀企画さま提出作品。
「可愛いね、お前」
「お前、寒がり?」
「…へ?」
突然振られた話題に、香穂子は伸ばしかけた手を引っ込めた。
柚木と香穂子が一緒に帰るようになってから、時折何処かに寄るようになった。
柚木がそれを切り出すのは、ある程度自由があった高校生活に目処がつきはじめ、挙げ句起こった家の問題で忙しいその合間。
だから香穂子から寄り道を切り出すことは無い。
だが、一時、押し殺して隠してはいたが、ふたりでいるときに沈痛の色を浮かべる頃に比べれば、夢を諦めないと宣言した今はずっと晴れやかだ。
香穂子とこうして帰る時間を持てるのもあと僅かと知っているから、柚木はこうして声を掛ける。
薄藍の道を並んで歩くのが酷く心地良い。
(心地良い…。うん、幸せ、だけど)
一定に開かれる絶妙な距離感。
喋ることに苦労はないが、触れることが出来るかと言われれば少しやり辛い。
付かず離れずの距離感がもどかしい。
学校で先輩後輩ときっちり分けられる距離感は、一抹の寂しさを感じながらも理解している。
だけれど、ここは学校ではなくて。
人通りの少ない道を、帰りの車内でいる運転手すらいないこの空間で、これ以上近付いてはいけないのか。
それとも、近付いても許してくれるのか。
香穂子が考えて柚木の思考を読めたことは皆無なのだから、考えてわかる訳がない。
素を出して対等に向き合ってくれているこのひとが、心底自分を嫌ってないことは分かるが、何分踏み込まれすぎることを是としない。
だけれど、あまり残された時間は無いのに、この距離を縮めたいと、確かに願っていて。
というよりも、そもそも考えて答えが出る類のものではない。
可愛らしくも強い決意をし、そろりと手を出す。
と。
「お前、寒がり?」
「…へ?」
思わず香穂子は手を引っ込めた。
香穂子の決意の取扱説明書には「突然話しかけられたら?」なんていう対処方法は無い。
「あ…えっとなんでですか?」
「寒くなってからお前が、天羽さんやら冬海さんやらに抱きつきだしたのを思い出したんだよ」
そうだっけ、と思い返せば確かに誰かに引っ付く回数は増えた。
天羽も冬海も、他の友人たちも反応の差はあれど甘受してくれるから余り気に留めたことは無かったが。
「あと、さっきから黙りこくって考えてることとかな」
「え!」
「からかってもからかってなくても百面相か。そんなことくらいでおれは怒らないよ」
喉で笑う柚木に香穂子は思わず赤面した。
「だ、だって、手のタイミングも距離も合わないんですもん…」
だが柚木はきょとんとし、それから意地の悪そうな笑みを作った。
「ふぅん、手を繋ぎたいんだ?」
「え…?あ、あっ!か、カマ…っ!」
「そ。てっきり抱きつきたいんだと思ったけど?」
柚木は笑いながら驚きと照れと恥ずかしさで顔を赤くしている香穂子の両手を掬うように持ち上げ、冷えた指先が唇に触れるかどうかまで近付けた。
「可愛いね、お前」
意図的に熱を孕ませた吐息を混ぜ、指先に当てるように呟く。
「………っ」
吐息の熱は、当てられた指先よりも顔に効果を発揮した。
何も言えなくなった香穂子を見、にっと笑うと指先に唇を押し当てるようにつけた。
「せ、先輩っ」
「ほら行くよ」
慌てる香穂子の片方の手を掴んだまま歩き出す。
掴んだ、というよりも、繋いだまま。
一歩分先にいる柚木の髪がさらりと靡く。
「…先輩」
「何?」
「コートのポケットの中で手を繋ぐとか、ちょっと夢なんですけど」
一度肩越しに香穂子を見て、また歩き出した。
手はそのままだ。
「先輩ー?」
「気が向かない」
やや大股になった歩幅に香穂子は早足で近付く。
「じゃあっじゃああたしが夢叶えるために誰かとやって良いんですか?」
別段そこまで叶えたいものでもないが、あからさまに拒否されるとムキになってしまう。
「へえ、出来るの?」
昼間よりも下がった今の気温よりも数倍低い笑顔で言われたなら、首を横に振るしかない。
半ば悄然と俯く香穂子を見、柚木は笑った。
「おれにはわからない話だけどな」
言いながら引いた手は、柚木のコートのポケットの中へ導かれた。
冷たい風に吹かれた顔は、それでも綻んで熱を帯びる。
「…先輩。また、来年も歩いてくれます?」
「気が向いたらね」
「学校違うんで、迎えにきてください、ね?」
「どうしてもって言うならね」
科白よりも喜色が色濃い答えをしながら、コートの中で柚木は握る手の力を少し込めた。
日が暮れても寄り道に誘い出す度、朝昼夕晩一度は香穂子と会っていることが妙に、嬉しいなんて今は言えないけれど。
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