香穂子のための嘘と自分の為の嘘。
「柚木先輩男前!」
本心を隠して嘘で象って偽善で塗り固めて接することなんてもう慣れた。
今までもこれからもそうだ。
それに、幸せを見つけた。
特別じゃない。
一瞬でしかない。
それでも、その笑顔を向けてくれる一瞬が、愛しい。
「ね、梁太郎くん。今日…」
「悪い、佐々木にノート借りたからその借りを…な」
「そ…っか。大変だね。うん」
「埋め合わせすっから。じゃあな」
「って酷くないですか!?」
「お前が毎日のようにおれの隣りで喚くのは酷くないの?おれに」
「だってここんとこ毎日ですよっ」
膨れながら屋上へ来る前に買ったジュースを飲んで荒々しく置いた。
「これあげるからちょっと黙れ」
ポケットからチョコ菓子を出して香穂子に見せる。
「柚木先輩男前!」
「お前ね」
「ふふ、有難うございまーす」
袋を破ってチョコを取り出し口に放り込む。
途端幸せそうになった香穂子を見、柚木は呆気に取られたあと破顔した。
「日野の幸せは安いね」
「人生どんなことでも楽しまなきゃ損です」
「ふぅん?じゃあ彼氏との喧嘩も楽しむ余裕があれば良いね?」
「んなっ意地悪言わないでくださいよ!」
顔を少し赤く染めて怒る香穂子に柚木はくつくつと笑った。
「追いかければ?」
「え…?」
「案外大した理由じゃないもんだよ、男の嘘なんてな」
柚木の口許に佩かれた緩い弧と飾らない目許に安心して香穂子は立ち上がった。
「有難うございます先輩」
白いスカートを翻し赤い髪を靡かせた。
くるりと背を向けた柚木には、見えない。
「あたし、柚木先輩苦手だったんです、最初から。
でも、本性の今は凄く好きですよ」
微かに目を見開いた。
散々苛めて、散々からかって。
ちょっかいをかけてくる厄介な先輩でいると、思っていた。
カチャリとドアノブが回る音が響く。
想いに蓋をして言わば悪友のような存在でいようと決めた。
決めていた。
「……香穂子」
いつもと違う呼び方。
ゆっくり振り返るといぶかしんだ香穂子と目が合った。
「……また、おいで」
香穂子が笑う。
この笑顔だけは柚木だけに向けられたもの。
「余裕が出るまでお願いしますね」
ドアを引き開けその中に吸い込まれていった。
バタンと重いドアが閉まる音を確認すると飾らないまま眉をしかめた。
土浦はもうすぐ迎える香穂子の誕生日プレゼントを選びに、天羽あたりに聞けば済むものを彼女を持つ友人を連れて連日出回っているだけ。
聞けば初々しい話。
香穂子から見ればやきもきすることこの上ない話。
「馬鹿か、おれは…」
じりじりと痛む胸の奥にある痛みを堪えても会いたいと思う彼女。
彼らの関係を知っているのに焦がれる。
自分の隣りに立って欲しいと叶わない夢を見る。
そんなことは愚かと、斜に構えていた自分が誰よりも知っていたのに。
「『香穂子』、か……」
ぎしりと軋んだ音は、嘘で固めて偽ることは出来なかった。
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