※ぬっるいですがやや大人表現あります。
ゆのたんアンコールさま提出作品。
(掠れて艶を増した声に身を捩る)
カチ、と分針が鳴る音に気付いた。
否、起きた時に鳴ったのかも知れない。
だがどちらも些細なことだ。
些細すぎて香穂子は一瞬で忘れ、素肌に当たるシーツの心地良さと柳腰に沈む鈍痛に意識を向けた。
痛さに擦ろうかと思ったが、その腰に置くように回った方腕と、その腕の主が寝入っていることに比べれば、やはり些細なことだ。
薄暗い部屋に淡く浮かぶ白い肌理細やかな肌に通った鼻梁や、薄い唇、男にしては確実に長く調った睫毛。
今は瞼に伏せられているが、琥珀石の色した瞳には品の良さが閉じ込められている。
(本当綺麗なひとなんだな…)
まどろみがかっているせいか、別段気分の浮上も下降もせず思う。
だが、柚木梓馬には変わりはない。
そのことだけに満足し、起こさないように首の下に置かれた片腕に擦り付けるように微かにみじろいだ。
「ん……?」
ゆるゆると柚木の瞼が持ち上げられ、その瞳を覗かせる。
目は焦点が定まらず、ただ香穂子を見つめ茫洋としている。
「琥珀石」と形容させたそれが、余りにも人間臭くて思わず笑った。
「なに……」
「なんでも。好きだなって思っただけです」
視線を逸らしてそう、と呟くとまた瞼を伏せた。
だが寝ていないことは微かに震える睫毛で知れた。
その仕種に、香穂子は微苦笑した。
知り合って気付いたのは、彼の二面性。
好きになって気付いたのは、彼の優しさ。
付き合って気付いたのは、彼の家での明確な立場。
抱かれるようになって気付いたのは、彼の寂しさ。
最後だけは柚木自身気付いていない。
ただこういうときに好きだと伝えると、決まって聞き流す。
柚木はどこまでも独りを痛感して生きてきたのだと突き付けられた気がした。
「……お前、本当になに考えてる?」
「…だから、」
さっきと同じ科白を繰り返しかけ、やめた。
納得するなら既に納得しているだろう。
信じて貰えないのではなく信じられないのだろうと思うと、哀しかった。
「……えと、比較対象がないんでわかりませんけど、でも贔屓目に見ても痕多くないですか?
家でもおちおち楽な恰好出来ないんですけど…」
「見てておれの気分が良い」
日に焼けてもあまり変化しない香穂子の肌に、唯一色を染め変えた柚木がつけた鬱血痕は、華などと形容するには痛々しい。
「…お前は誰にも取り上げさせない」
「…ぁ……っ、」
ちくりと、心と、掴まれて唇を押し当てられた手首が痛んだ。
「も、また…!」
隠す気すら無いらしく、手首の裏に真新しい鬱血痕。
香穂子の手首を掴んだままだった柚木の指先はそこを撫ぜ、食むように唇を寄せた。
ちゅ、と軽やかな音が幾つか香穂子の耳を通る。
それを見ながら、さっきの科白を反芻した。
『…お前は誰にも取り上げさせない』
ただ独占欲からの科白ではないのだろう。
沢山のものを与えられた中で、本当に大切で欲しいものだけが奪われ、取り上げられたのだろう。
心臓に近い左手を無心に甘噛みしてく存在を感じ心を添わせる。
合わない視線を向けた。
なくすことを畏れながら求めなくても、あたしはあなたの側にいるから。
あたしだけに見せる琥珀石が、そんな哀願を秘めないように。
それでも足りないと悲鳴をあげるなら、例えば叶うなら
貴方の過去を塗り潰すことすら。
(思考に浸っていたうちに状況は変化していく)
(左側がシーツに触れていたあたしの躯は背面全体が、右側がシーツに触れていたひとの躯は寧ろあたしに触れているほうが多い)
(彼にとって良く知った性感帯に触れ、触れず、着実に躯は熱をあげてく)
(掠れて艶を増した声音に身を捩る)
(もし、彼の過去を塗り潰したとして、今が変わり、病的な今ほど自分を求めてくれなくなったとしても。
それでもあたしが選ぶのは、あの琥珀石に至福を秘めることなのだから)
PR