企画サイト「Choice!」さま提出作品。
柚木にとっての女らしさ。「さあ?女の勘ですよ」
思わず、眼前の風景ではなく、その人を見上げ、言ってしまった。
「先輩、綺麗ですねぇ」
「知ってるよ」
うーわ。
このひとじゃないと絶対許されない科白。
けれど事実で、本人も知っているから何だか馬鹿にされたように見下ろされても黙るしかない。
…見下ろされているのは単に身長差で、馬鹿にされているのは気のせいだけど。
ちらりと柚木を見上げる。
放課後屋上にあがり、最初は練習をしていたが陽が傾いたことに気付き、休憩がてら話をして。
ふと沈黙が流れて、それを破るほどそれが居心地悪い訳ではないので太陽の傾斜と共に時が流れた。
いつか傾いた太陽は夕陽になり、赤々と世界を照らす。
屋上の手摺に寄り掛かって香穂子は柚木を見る。
夕陽に照らされて、赤みとコントラストが強くなった柚木の髪に少し手を伸ばして、思ったまま綺麗ですねー、なんて言ってみたらそんな応え。
くるりと長い髪を指に絡め、すぐに離した。
「梓馬さんが女の子だったら学院は大変ですよ」
「そうでもないさ。嫉妬は女のほうが怖いだろう?」
「……彼女によく言えますね」
香穂子の少し恨めしそうな視線を軽く受け、柚木は肩口にかかる髪を指で弄んだ。
「立ち姿と所作は多分私より女性らしいですよ」
「喧嘩売ってるの?」
「綺麗だって言ってるんですよ」
さら、と微風が頬を撫で、髪を柔らかにさらう。
(綺麗、ねぇ)
その評価もそろそろ終わりだろう。
あと二年で成人して、それも過ぎたら今と体の線や顔つきも変わるだろう。
短髪の兄たちを意識して伸ばし始めた髪だけど、そう遠くないうちにばっさり切ってしまうかも知れない。
(そういえば、あれが反抗期だったのかもな)
兄を越えてはいけないと言われ、当たり前のようにそう思って、でも成長して持った疑問すら馬鹿馬鹿しくなっていた頃だから。
横目だけでちらりと香穂子を見る。
(もう良いと言えば、良いんだけどな)
絶対的に心象が気になるのはもう祖母ではないし、勝ちたいと思うのは兄達ではなくなった。
「香穂子、おれが髪を切ったらどうする?」
「驚きます」
「だろうね」
「…切るんですか?」
「どうだろうね」
暮れなずむ夕陽を見ながら、ふぅん?と生返事を返しながら香穂子は柵に腕を乗せ、頬杖をついた。
少し黙ったあと、香穂子は口を開いた。
「ね、先輩。
思い出す度不思議なんですけど、豹変した瞬間脅されたのに私なんで先輩と付き合ってるんでしょうね」
「お前ほんとに喧嘩売ってるだろ」
「違いますってば。
…絶対に好きになんてならなそうなひと、好きになったんですよ、私」
だから、と続けて香穂子は柵から体を離した。
「その私が好きになったひとを簡単に嫌いになったりしませんよ」
まっすぐに香穂子と柚木の視線がかち合い、風がその言葉を空気に溶かす。
「どうか、した?」
「先輩が、でしょう?
先輩がそんな風に私に言うの、何か悩んでる時ですよ」
柚木は口許に弧を佩いて、目を閉じた。
香穂子と出会う前。
世界は無理でも、世間は上手くやれば自分が動かせると気付いて、皮肉ってそれを楽しんでいたが冷めきっていた頃。
自分の世界の中心は自分で、更にその中心は祖母と家だった。
自分の世界はそれだけしか無くて、空虚をそうとも思わなかった。
今も、世間はやっぱり利用価値があったり必要な時には意図して使うし、自分の世界の中心は自分だ。
けれど、隣りに香穂子がいる。
それだけで、あの頃の世界が空虚だと知れるほどあたたかい。
「香穂子にはおれが悩んでみえた?」
「さあ?女の勘ですよ」
「悩んでたのはお前じゃないのか?
彼氏が自分より綺麗なんだっけ?日野さん?」
「なっ悩みってほどじゃ…!」
声をあげて笑って、柚木は香穂子に近付いた。
その手を取り、柚木は香穂子の後ろにある柵の鉄棒ごと、握り込んだ。
所作や姿形が美しい?
そんなもの、自分にとってなんら魅力的ではない。
本性を知っても射抜くように歯向かって来た強い瞳とか、易々と柵と一緒に掴める小さくて華奢な手とか。
思ったことをそのまま言葉にしてぶつけてくる、その心とか。
柚木の世界で意味を持った女は香穂子ひとりだけ。
香穂子そのものでなければ、他の女としての要素なんて取るに足りない。
(言葉にしたがらないのは男の性だったか?)
柚木は少しだけ笑みを深くして、キスをひとつ落とした。
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