2010年柚木の誕生日小説。
コルダ3の時間軸と要素があるんで、未プレイの方は注意。
「頼まれても返品なんかしてやらないよ」
大人びた眼差し
伸びた髪
二人ででかけるときにだけ、薄くしていた頃より上手くなった化粧
「梓馬さん!お誕生日、おめでとうございます」
『変わった』と実感するほどに時を一緒に過ごしても、愛とか、そういうものは変わらない。
「ありがとう、香穂子」
二五歳になった。香穂子と過ごす、七回目の誕生日。
「にしても彼氏の誕生日に遅刻?」
「す、すみません…誕生日プレゼントのひとつとしてカップケーキ作ったんですけど、ラ
ッピング忘れてたんですよねー」
すみません、と笑いながら紙袋を差し出す。
きちんとラッピングされたカップケーキが三つ鎮座している。
それと、透明の包装箱の中に時計盤が淡いクリームに薄墨より薄い墨色で和柄が施されている腕時計が覗いている。
「…まあ、ありがとう」
「ふふふー、どういたしまして」
祝って貰った柚木よりも嬉しそうに返す香穂子に苦笑した。
本当にそういうところは変わらない。
「じゃあ行こうか」
「お昼ご飯ですか?」
円い瞳で見上げる香穂子の手を取って柚木は歩き出した。
「そんなだから色気ないんだよお前。
ま、そうだね、何なら先に軽く食べておくか」
「?あの、今日普通にデートするんじゃないんですか?」
柚木を見上げた香穂子は言ったことを後悔した。
肩越しに振り返った柚木は楽しそうだが、嫌な予感がする笑顔だ。
「デートだよ。但し誕生日プレゼントのふたつめとして、今日一日のお前の時間を貰う」
「…え?そんなでいいんですか?」
何を強要されるかと思っていた香穂子は拍子抜けした。
だが柚木は笑みを深くする。
「元々玩具みたいなものだけど、今日は特別」
美味しい昼食に舌鼓を打った香穂子を待っていたのは、着せかえ人形のごとく散々服を渡されては着替える事態だった。
「あ、あの梓馬さん!」
「なぁに香穂子」
「あのですね、私も一応彼女なんで、彼氏の誕生日にデートって結構な気合いいれてお洒落してるんですよ」
「そうみたいだね、可愛かったよ」
「~~っ」
ぱっと頬に朱を散らし、香穂子は顔を背けた。
女としてのプライドが!と怒ろうとしたのに。
「おいで、香穂子」
羞恥と、意地になった不機嫌を表情に出しながら香穂子はそろりと近づいた。
「あともうひとつ、香穂子から欲しいものがある」
「な、なんですか……」
「まだ内緒だよ。今日着た中で気に入った服はあった?」
柚木の瞳を見つめたあとで、香穂子はそろ、と自分を見下ろした。
薄紫のシャツに、ピンクパールのネックレス。
少しボリュームのある膝丈のオフホワイトのスカート。
柚木が好きそうだと思ったら何となく気に入ったなんて、相当毒されてる。
目の前の人に。
「…これ、好きです」
「わかった、着たままにして貰うからちょっと待っておいで」
頷いて柚木を見送ったあと、椅子に座って服に合わせたミュールを爪先に引っ掛けて揺らす。
(欲しいものってなんだろう)
考えるが、わからない。
今まで何度か過ごした時にた誕生日プレゼントを贈ったが、こうしてあれもこれもと求められることはあまり無い。
物欲自体薄い人であるし、極一部を除いて執着心も余り無い、高校二年生の時の、出逢って最初の誕生日を思い出す。
祝いたいけれど何がいいかわからなくて、本当に困った。
(あの頃は「柚木先輩」って呼んでたなぁ)
柚木みたいなひとは香穂子の人生でたったひとりしかいない。
こんなひと、あと何人もいても困るが。
笑って、香穂子は腹を括る。
何をお願いするつもりか知らないけれど、無茶なことでも叶えたい。
揺らしていたミュールもきちんと履きなおした。
「香穂子、お待たせ」
「いえ、大丈夫です。というか有難う御座います」
「…ま、これくらいはね。じゃあ行こうか」
ことんと首を傾げて、視線で場所を問うた香穂子に、柚木は笑みを深くして手を差し出した。
「俺の店に、だよ」
香穂子は柚木がプロデュースした、創作和食の店に連れられた。
タウン誌で取り上げられ、「柚木」の名前はきっかけでも確実に店としての実力で評判は広まっていった。
「うわぁ、すっかり繁盛してますね」
オープン前からのこの店の光景を見ていただけの香穂子でもなんだか感慨深い。
「オーナー、仰っていた席取っていますよ」
「有難う。香穂子、こっちおいで」
一番奥の、静かだけど店の中が一番見渡せる席。
手を引かれて香穂子達の到着を待っているように空いた席を見た時に、柚木がその席が好きだと言っていたのを思い出す。
「香穂子さんがご一緒でしたら飲み物はお酒にしますか?」
「いや、煎茶にしてくれるかな」
「はい、畏まりました」
香穂子にもひとつ笑顔を落としてスタッフは調理場へと戻った。
「お誕生日なんでお酒飲むかと思ってたんですけど」
「今日はね。お酒の勢いでと思われても困る」
「?」
「いや、先に食事にしようか」
丁度運ばれてきた食事は香穂子が知っているものと違う。
使われている食材やメニューは香穂子の好物で構成されている。
「新しいメニューですか?」
「いや、今夜だけの特別」
「梓馬さんの誕生日なのに、私の好物で、ですか?」
きょとんとしている香穂子に柚木は目の前に置かれた料理を勧めた。
「いいから。ほら、冷めるよ」
「はーい。…んーっ美味しいですっ」
何よりだよ、と笑って柚木も目の前に置かれたプレートに手をつけた。
一通り料理を食べ、一心地着いた頃。
「ふー、お腹一杯です」
「じゃあデザートやめておく?」
「……食べます」
だろうね、と笑った柚木はいつでも綺麗に伸びている背筋を改めて正した。
つられ、香穂子も背筋を伸ばす。
「あの、梓馬さん?」
「おれの今日最後の欲しいものを叶えてくれたら、デザートでもあげるよ。…なんでも」
「?はい」
無意識に机の上に置いていた香穂子の左手を、柚木は両手で包んだ。
「香穂子の未来を、残らず全部」
「…は……?」
「くれるんだろう?」
いつものように自信たっぷりに言った柚木の視線が微かに揺れる。
その揺れを認めて、香穂子の視界が揺れた。
早く気持ちを全部伝えたいのに、想いの大きさについていけなくて唇が空回りする。
そのうちはたはたとテーブルに紅涙が落ちる。
かちん、かちんと真珠を糸に通すように、今日一日の出来事や、今までのきらきらと輝く思い出も、思い出したくないような過去が繋がる。
「柚木」に大きく複雑な感情を抱いてきたこのひとが、今日をどんな気持ちで迎え、何を思って過ごしてくれたのだろう。
「お前、泣いてもいいときに泣かないのにな」
「あげ、ます…っ全部、私のこれからを、私ごと。その為に生まれてきたって、言えます」
ほしいと言ってくれるなら、ずっと傍にいる。
「へ、返品できないんですからね!」
「それは困るな」
「え…ええぇ…?」
「嘘だよ。口閉じたら?間抜けだよ」
急いで口を閉じて柚木を軽く睨んだ香穂子を見て、柚木ははっとした。
先程泣いたせいで少し潤んだ瞳。
それを彩る香穂子の、強い感情を向けるその瞳に恋をした。
気がついたときにはテーブルから身を乗り出して、香穂子の唇にそれを寄せていた。
「あ、ず」
「頼まれても返品なんかしてやらないよ」
昔から、たくさんのものを諦めた。
ピアノも自分の生活も、仕事も自分で丸々選び取ったものではない。
けれど、これからの夢まで諦める必要はない。
香穂子が教えたのだ。
未来を生きるなら香穂子とでなければ。
そこまで素直に言えないから、口端を緩めた。
「お前だって離れられるわけないだろう」
はたりと一粒かけらを落として、香穂子を綺麗に笑って肯いた。
この笑顔を愛してると、柚木は口の中だけで呟いた。
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