変わった髪の長さとそれが示すもの。
「だ、大丈夫…!」
気付いたのは、時折柔らかに彩られる笑顔と同じくらい、優しい色した髪が、すきだから。
(あ、)
志水は移動教室の為に出た廊下で冬海の背中を見つけた。
遠慮がちで内向的な彼女は、それでも姿勢はいつも良い。
ピンと伸びたその背に無意識に笑みを向けた。
進行方向とは逆を向いていた視線を戻そうとしたときふと違和感を感じた。
彼女の背中に。
(違う)
「志水?」
志水の隣りを歩いていたクラスメイトの怪訝な声は志水には届かなかった。
志水にしては珍しく大股で冬海の背に近付いた。
気付かない冬海の背に、否、髪にその白い指を差し延べた。
ふわり、と。
抜けたような青空の色をしたそれは絡むことなく、志水の指先を柔らかく撫ぜた。
「きゃ……っ」
触れてひとつの確信を得た志水に突然背後から与えられた感覚に、冬海はびくりと肩を震わせ、短い悲鳴を上げると勢いよく振り返った。
「あ……驚いた…?ごめん」
「だ、大丈夫…!」
真っ赤な顔をしてふるふると首を降る冬海は誰が見ても大丈夫そうではないが志水はそう、と呟いてじっと冬海を見た。
「あの、志水くん…?」
「髪、伸びた?」
言われてこの数か月を思い出す。
春はコンクールがあり、夏はオケ部に馴染もうと必死で、秋の今はコンサートがある。
多少整えるくらいはするが、伸びてもおかしくはない。
「こ、ここのところずっと忙しかったから…」
言いながら自分でも毛先を触ると、確かに記憶していたよりも少しだけ長くなっている。
「…へ、変、かな……」
もしも、余りにもみっともないとか、似合わないとかで声をかけてきたのだったらどうしよう。
顔を赤くしておずおずと尋ねた冬海に志水は柔らかく笑った。
「ううん、ただ…」
言葉を切って、志水はさらりとの耳を掠めるように冬海の頭を撫ぜる。
「冬海さんと会って、伸びた髪の分経ったんだと思うと、嬉しいなって…」
かあっと更に顔を染めて、それを隠すために俯いたが、髪が重力に従って落ち、真っ赤な耳が露となった。
「冬海さん?」
「う……ぁ、の、……」
「志水っ」
上手く言葉が紡げなくなった冬海を訝った志水を背後から呼ぶ声が飛んだ。
「いい加減行かないと本当に遅れる…!」
「あ、忘れてた…。冬海さん、それじゃあ…」
真っ赤な顔をこくこくと上下に振って志水を見送った。
クラスメイトから食らっている小言を聞いているのかいないのかは知れないが、その背を見てどうしようもない嬉しさが込み上げる。
自分でも気付かなかった自分の変化。
オケ部に入ったことを言ったときも笑って、「楽しくなると良いね」と言ってくれた。
春のコンクールをきっかけに起きた、様々な自分の変化の一因は、間違いなく彼も含まれている。
誰かを見て嬉しくなることなんて、無かった。
「髪、伸ばそう、かな……」
もしも、延ばしたら。
伸ばして、また彼が笑ってくれるなら。
貴方と過ごす時間と同じくらい、大切にしたい。
開いた窓から吹き込んだ緩やかな風は、伸びた冬海の背を後押しするように、細い髪と一緒に優しく撫ぜた。
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