文化祭のダンパの練習。
「練習……ひとり?」
(どうしよう……)
音楽科の一年が混ざって男女でのペアを作る中、冬海は途方に暮れていた。
放課を使ってのウィンナ・ワルツの練習時間。
冬海の相手の男子生徒が、見つからないのだ。
正確には何人かはいた。
あわよくば当日の約束を取り付けようと下心を持って冬海に声をかける生徒はいたが、そもそも男が苦手な冬海に初対面に近い男とのワルツの練習が承諾出来る筈もない。
どうしようかと返答に窮し、大袈裟なほどに謝ってその場から逃げてしまった。
冬海の性格を知っている友人何人かが交替でと、ワルツの男役を買って出てくれたが彼女らには恋人がいる。
そんな迷惑はかけられないと断ってしまった。
そしてその結果が今。
(やっぱり交替で相手してもらったら良かった…)
だが今更だ。
そろそろ練習が始まる。
刻一刻と迫る時間に追い立てられているようで、冬海を焦燥だけが支配する。
と、不意に扉が開いた。
ひょこりと入ってきたのはクラスメイトの男の子よりも良く知ったチェリスト。
「し、志水くん……」
名前を呼ぶとやや緩慢に冬海のほうへ振り返った。
「あ、冬海さん」
「どうかしたの…?」
今はもう集合時間から二十分近く経っている。
「練習しようと…森の広場に行ってたら、日野先輩に教えて貰って……」
「………志水くん…」
一向に遅刻したことに悪びれた様子はない。
否、怒られれば気をつけようと彼は心に留めるだろうが、実行に移すべきときには忘却の彼方である為に最早先生が諦めているらしい。
遅刻者が志水とわかると淡々と準備に戻ったのだ。
(凄いっていうか……)
何かずれている気はするが、全て冬海には真似出来ない芸当だ。
「冬海さんは…?」
「え?」
ちらりと周りを見渡し、再度志水は冬海を見た。
「練習……ひとり?」
「あ……!」
呆気に取られ失念しかけていた。
だが同時に気付く。
志水が今来たなら、彼も相手がいない筈だ。
他の誰とやるよりも、ずっと楽しい。
(……他の?)
少し引っ掛かる。
自分の思考にも、仄かに甘く暖かみを持って裡に広がった、なにかも。
いや、と逸れた思考を戻す。
練習の相手になってくれと頼んでみようか。
でも、もし特定のひとがいたら?
ずきりと胸が痛んだが、その意味はやはりわからない。
「始まりそう…」
「えっあ…!」
志水に練習を頼むかを悩んでいるうちに教師からの合図がかけられた。
慌てて思わずたじろいだ冬海の手を志水が掴んだことに、冬海に軽いパニックが襲う。
その様子に志水はやや眉を寄せた。
「いや?」
「い、嫌じゃ、ないよ…」
真っ赤になって俯いて、語尾は尻すぼみになった。
だがそれでも、志水には届いた。
ふわ、と志水が笑ったのも、俯いた冬海には見えない。
それでも優しく背に添えられた手は、冬海を安心させるには十分な効力を持っていた。
「冬海さんが青いドレスなら、黄色い花が良いかな…」
「え…ええっ?!」
詳細を訊こうと、というか聞き間違いではないか聞こうとしたが、柔らかい笑顔を向けら
れてしまい、黙らざるを得ない。
冬海の口許に仄かに佩かれた笑みは、冬海自身気付かない。
きっと今話すとつっかえてしまう。
だから想いを指先に込め、手を軽く握った。
テンポの良い音楽が流れる。
おぼつかない足取りだけれど、今は、あなたとワルツを。
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