「志冬御籤」さまへ投稿作品。
「………眠い…」
燦々と太陽がその恩恵を与える、暑いくらいの秋の真昼に時折ひんやりとした風が一陣吹く毎に、心が落ち着いていく。
冬海が作った胡桃のクッキーを口に運ぶ。
クッキーの甘さと、胡桃の香ばしさが口の中に広がり、志水は目許と口許を緩めた。
それを見、冬海も同じように自然と微笑った。
土曜日の、森の広場。
たまたま練習に来ていた冬海の名前を練習室を予約する名簿で見つけ、お互い当然のように合奏をし、褒めるなり注意するなりしていた。
ふと気付けば昼過ぎになる時間。
その時刻をやや遅れ気味ながらに告げる体内時計に従い、飲食禁止の練習室を後にした。
荷物を教室へと置いてご飯と、冬海はクッキーを持って森の広場へ向う。
腰を下ろせどもご飯を食べれども、言葉数多く話す訳ではない。
志水は何故わざわざ土曜日にクッキーを持って来たか聞かない。
冬海は何故名簿で自分の名前を探し、来たか聞かない。
幾度か、彼らそれぞれの友人が彼らに付き合っているのかと尋ねたことはある。
が、志水はまだ少年然とした容貌を疑問符で一杯にし、冬海は一拍二拍置いて顔を真っ赤にして否定する。
ただ、当然だった。
会って、話す事があれば話して無ければただ側で過ごす。
楽器に触れる。
ゆったり流れる空気に身を委ねまどろむ。
移ろい流れゆく四季へ目を遣り見つけ、微笑を交わす。
当たり前に流れるその時間に理由を聞かれ、初めて気付いたほど。
「……冬海さん?」
思い返しながらぼうっとしていたが、冬海が思っていたよりも志水を注視していたらしい。
クッキーを囓りかけたまま小首を傾げていた。
その仕種に冬海は暖かい笑みが込み上げる。
「ごめんなさい、なんでもないの」
笑って水筒にいれていた紅茶を差し出した。
「ありがとう」
クッキーを飲み込んで紅茶を受け取り湯気と共に立ち上ぼる香りを受けながら口を付けた。
「クッキーと紅茶、ご馳走さま」
「ううん、私も嬉しいから…」
水筒のコップを蓋へと戻し、てきぱきと軽く片付けた。
「……冬海さん」
「え?」
「………眠い…」
「…えと…暫くしたら起こしたら良い?」
ひとつ頷くと志水はころりと横になった。
長い睫毛を伏せた志水を見、自分は随分変わったと思う。
以前の自分なら、そんな事言われたらただ動揺していた。
そよ、と冷たい風が吹く。
芝生の薫りが志水の鼻を擽り、口許に緩やかな弧を佩いた。
伏せていた瞼をその風の余韻が消えた頃、少しだけ開いた。
「冬海さん…?」
常よりも舌足らずな声音。
眠気を抑え紡ぐ言葉に、冬海は息を殺さんばかりに真摯に向き合った。
「僕にとって冬海さんってなんだろうって…考えることがあって…」
綻ぶように紡がれていく科白に冬海は二度三度と相槌を打つ。
恋をしたヴァイオリニストの先輩は、可愛いと思った。
一途に懸命に想って相手に何か与えたいと悩んでる様子は悪いと思いながら笑みが浮かんだ。
だが、自分が志水に抱く想いは違う気がした。
「一緒にいたいなって思うのは、冬海さんだけじゃない。
春のコンクールや、コンサートで関わった先輩たちも一緒にいたいなって思う」
ひとつ頷く。
それは冬海にもわかることであり、冬海も抱いてる想い。
みんな、とても優しくて、暖かくて。
勿体無いほど気にかけて貰えて、優しくして貰えた。
クラスの子との悶着も、ただ庇うのではなく、ただ慰めるだけでもなく、立ち向かうことを教えてくれた優しさ。
大好きなひとたち。
志水も好きだと想う。
尊敬もしている。
自分が出来ることなら何かしたいと、力になりたいと想う。
だが、香穂子が恋したひとに抱くような無我夢中になる想いではない。
例えるなら、清水のさやけさ。
でも、と小さく冬海の耳に届いた。
「一緒にいるのを想像出来るのは、冬海さんだけだった」
「……っ」
流れゆく時間の中、ただ在るだけで満たされる。
幸せだと、思った。
いつか自覚するだろう恋心に気付いたとき、きっと側にいてくれる。
笑って、話して、隣りにあれば恋人でもそうじゃなくても構わない。
何よりも想えることが幸せで。
名前の有無の違いは本当に些細だ。
志水も冬海に是非も決定的な言葉を求めている訳ではないらしく、今度こそ眠りの淵へ向った。
燦々と陽射しを降り注ぐ太陽。
大地を撫ぜ清涼にそよぐ風。
それに煽られ、擦れ、鳴り、舞い落ちて大地へ還る葉。
彼といる世界は、鮮明な色彩の中で、とかく優しく感じた。
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