2ED後。というか付き合ってる設定。
香穂子の嫉妬話。
「谷がアリバイ工作してくれるよ」
我が儘かそうでないかの判断も自分でつけれないだなんて、性質が悪い。
昼休みの喧騒に満ちた廊下を、香穂子は加地と歩いていた。
ふたりで購買までパンを買いに行き、戦利品を抱えて教室への帰路を辿っていた。
加地が持っている量は火原ほどではないが、確実に多いと言える。
対して香穂子はふたつのパン。
「……加地くんさ、その細い体のどこに入ってくかわかんないくらい食べるよね」
「そうかな?でも香穂さんはもっと食べた方が良いと思うよ。音楽やってたら保たなくない?」
一切の邪気も裏もない笑顔で言われ、香穂子は詰まった。
一年近く前より格段に筋肉量が増えたせいで、予想よりもハイペースで上昇した体重をちらと思い出す。
ただ倒れては元も子もないどころか、今の自分は周囲に迷惑をかけてしまうので、量を減らしている訳ではない。
増やしていないだけだ。
だが天羽や冬海ならともかく、加地にそんなこと言う訳もいかない。
だから、言えないのも含めて香穂子は答えた。
「…………乙女心なの」
一番最短で的確な答えだと思う。
教室のすぐ手前になり、香穂子はふと俯けた顔をあげた。
教室の扉の前に山のように積まれたノートを抱えた女子生徒が、指先でなんとか開けようと奮闘している。
「あ、」
開けるから少し待って、と、そう言おうとした。
「ごめん香穂さん、少しパン持ってて?」
言って香穂子にパンを渡すと、加地は積み重なったノートを女子生徒から攫った。
「これ運ぶから開けてくれる?」
「あ、は、はい!」
他の生徒の気配に紛れ加地の気配に気付かなかったらしい女子生徒は、空になった手で扉を引き開けた。
そして彼女は一歩分下がり、数十冊のノートを抱えた加地を通し、後に続いた。
一部始終、パンを抱えながら見ていた香穂子は更に続く。
「ありがと加地くん」
「お疲れ様。ご飯食べる前に先生に捕まったの?」
教卓にノートを置いた加地と女子生徒のやりとりを背で聞きながら、香穂子は自分の席へ向かった。
隠さずに嘆息し、自分のパンと加地のパンを分け、加地の分を隣へと置きながら、彼女と、加地と、何より自分にちりと胸を焦がした。
加地が、ノートを持ったとき。
一瞬だけ、指先が触れたように見えた。
否、触れたんだろう。
級友はぴくんと肩が小さく跳ね、加地の顔を見やった頬はみるみるうち染まっていった。
加地がしたことも間違っていない。
それどころか優しくて、彼女として誇りに思えばいい。
なのに、何処か腑に落ちない。
誰かに優しくするのが、嫌だとか、止めて欲しいだとか思う。
そしてそんな自分が、一番いやだ。
「っ、ひゃあぁっ」
香穂子の首筋に突然冷たいものを当てられ、思わず叫んでそちらを勢いよく見た。
「かか加地くん!」
「ふふ、驚いた?」
あげる、と加地が渡したのは先程香穂子の首筋に当てた、香穂子が好きな缶の紅茶。
「………ありがと」
少しだけ、落ち着いたけれどももやもやと苦いものが凝っている。
「香穂さん?」
「加地くんはさ、優しいよね」
加地にとっては出し抜けなその科白に、ただ少し目を丸くした。
「そうやって、本気にした女の子が出て来たら、どうするの……」
言って香穂子は加地を無視するように椅子に座り、妙な沈黙が落ちた。
「………」
何とも形容できない空気感が気になり、香穂子はちらりと加地を見上げた。
加地は朱に染め上げた顔の表情の作り方に迷って迷って、迷った挙げ句に満面の笑みで香穂子を抱え上げるように抱き締めた。
「~~っ香穂さんかわいい!」
「かっ可愛くない!ちょ、ここ教室っ離してってばぁっ!」
香穂子は香穂子で、加地に怪訝な顔をされても抱き締められるとは思っておらず、感情が矛先を失って加地の腕の中で暴れた。
「ふふふったまには良い事もしてみるもんだね、いつも可愛いけど割増になって可愛い香穂さんを見れた」
「も、なに……!わ、私怒ってるの!」
「うん、僕も信じられないけどやきもちだよね?」
「………っ」
自覚はしていた。
それだけに応えられなくなった香穂子の様子に、また加地はくすくすと笑った。
「僕は香穂さんが思うほど優しくないよ。
香穂さんは優しいから、あそこで何も無い振りしちゃうひとを好きにはならないんじゃない?」
確かにそうだと、思う。
でもなんとなくはぐらかされた気もする。
加地は憮然としている香穂子を腕から緩め、視線を合わせる。
「僕が好かれたいのは香穂さんだけだよ。
香穂さん以外のひとから好かれても意味がない」
「な、に………」
「やだな、信用してない?湧き出る愛を伝えてきたのに」
それでも悲観した風もなく、加地は更に笑って見せた。
「僕は本当に優しい訳でも気が利く訳でもないから、香穂さん以外に、例えば飲み物を買う時も何が好きかなんて頓着しないよ」
香穂子は手の中の、少し温くなった缶紅茶に視線を落とす。
いつもお昼にパンを食べる時はこのメーカーの、この種類を好んで飲んでいる。
けれどそれを加地に伝えた記憶は、無い。
「ね?香穂さんだけだよ。だから、ね、笑って?」
「………っ」
もう怒る理由も拗ねる理由もない。
それでも悔しくて、怒ろうと思うのに。
拗ねようと思うのに。
なのに、狡い。そんなこと言われたら、怒ってる振りもできない。
ゆるゆると香穂子が笑ったのを視認すると、加地の柔らかな微笑が深まった。
そしてそこで、パコンと小気味良い音が聞こえ、次いで痛、とさして痛くなさそうな声が聞こえた。
「なに、谷」
顔を真っ赤にした谷が、丸めたノートを持っている。
どうやらそれで加地の頭を叩いたらしい。
「なに、じゃねえ!馬鹿かお前らここ何処だと思ってんだ!」
香穂子ははっと気付いて、湯通しした蛸を更にぐらついている湯の中に放り込んだかのように見る間に赤くなっていく。
反して加地は軽く口を尖らせ、半眼で谷を見据えた。
「何処って教室でしょ」
「かかかかじくんっ」
「わかってんならやるなって!」
「じゃあ行こっか」
谷の声をさらりと無視し、缶コーヒーをポケットに入れて片手で加地のパンと香穂子のパンを抱え、空いた片手を香穂子に差し出した。
「いっ行くって何処に!」
「屋上に」
パチンと投げた軽いウィンクに、音楽科棟の屋上ではなく立ち入り禁止の普通科のほうだと知る。
クラスメイトの視線の手前、加地の手を取るか悩んでいた香穂子の手を取ると、加地は自然な動作で指を絡めた。
「香穂さんが信じてくれるまで、抱き締めててあげる」
にっこりと笑った顔は、分からない筈が無いと自信が溢れていて、それが少し悔しくて、香穂子はぽつりと呟いた。
「昼休み終わっても、まだ言ってたら?」
「香穂さんが信じてくれるまで、だってば」
「じゅ、授業……」
「谷がアリバイ工作してくれるよ」
さも当然のように言われて谷は戸惑った。というか引き攣った。
谷に内心で謝罪しつつ、じんわりと温度を共有する繋いだ手に意識を傾けた。
…本当は、大切に大切にしてくれているのを知っている。
それが物足りないのではない。
注いでくれる笑顔も、全力の愛も、贈ってくれる言葉にも。
時折突拍子もないことをしでかす加地にどきどきさせられっぱなしで。
その分、自信が少し無くなる。
傷つかないように意地を張って、抱き締めてて、なんて言えない。
だから、絡めた手をほんの少し、握り返して、仕方ないとでも言うようにその背についていく。
嬉しくて愛しくて、緩い曲線を描く口許は、どうしようもないけれど。
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