ファイナル後付き合ってる天宮とかなで。
意識したら小さなことでも特別。
「え?まさか当たったの?」
ずっとヴァイオリンを弾いてきた。
男の子なんて律や響也といたから、あまり深く考えたこと、なかった。
そもそも余り考え込まない質であると充分に承知している。
だから、隣にいるのが幼なじみでも女友達でもないことを考えていなかった。
勿論恋人であるから、隣にいるだけで心は浮き立つが、とりわけ「異性」として考えては、いなかった。
食に関心の薄い彼が手にしているクレープを齧ったあと軽く口許が弧を描いたのをみつけて、ぽろりと言葉が落ちた。
「天宮さんのクレープも美味しそうですね、レモンシュガーだっけ」
「まあ美味しいよ、…ひとくち食べる?」
はい、と目の前に出された齧りかけのクレープ。
「いいの?ありが―――…」
なんでうっかり、あれ?これ間接キスじゃない?とか考えてしまったんだろう。
「………」
「小日向さん?」
「…えっ?」
「食べないのかい?」
きょとんとする天宮。
当然だ、付き合うようになってこんなこと既に何度かあった。
付き合う前には諸般の事情で抱きしめられることすらあった。
今更、と自分でもおもう。
だけれど意識してしまったら、どこから口をつけていいのかわからなくなった。
ただただその差し出されたクレープを見つめる。
「え…っと……」
真っ赤な顔で俯くかなでに、天宮は悪戯っぽく笑った。
「まさか、今更僕との間接キスに照れてる?」
否定しようとするが、生来嘘がつけないかなでが咄嗟に言い訳が出来る筈もない。
更に顔を背けたかなでに天宮は目を見張った。
「え?まさか当たったの?」
「う……だって、気付いたら…食べれなくなってしまって…」
天宮は真っ赤な顔で気まずそうに話すかなでを、不思議ななにかを見る目で眺めた。
そして薄い唇が弓形に弧を描いた。
「小日向さん」
落ち着いた声音がかなでを呼ぶ。
「小日向さん…、こっちを向いて」
呼ばれておずおずと天宮を見上げたかなでに、天宮はゆったりと微笑む。
(やっぱり綺麗な顔なんだ)
少し冷静になったかなでの顎を、天宮の指が浚う。
自然と上を向いたかなでの唇に天宮のそれが重なる。
重なる、というよりも触れるだけの、口接けとも呼べない口接けは瞬き一回分よりも半瞬早く、放された。
「キスをしてしまえば間接キスなんてどうということはないよ」
天宮の台詞に何が起こったか実感し、これ以上ない位、首許まで朱に染め上げた。
「な、」
「嫌だったかい?」
「ちが…違いますけど!」
「そう?じゃあクレープどうぞ?」
「~~っ」
クレープを持つ天宮の手にそっと両手を添えて、はく、とクレープをかじる。
咀嚼すると、コーヒーシュガーの甘さと、蜂蜜漬けのレモンの軽い酸味が口腔に広がった。
「…おいしい…です…」
「うん、良かった」
そう言って笑った天宮の表情は、最近多くなった柔らかい笑顔だから、かなでは照れ隠しに抗議したいことをレモンのかけらと一緒に飲み込んだ。
最後のレモンの余韻が消える頃、『ファーストキスはレモンの味』という都市伝説級の定説を思い出して、かなではまた頬から耳からまた朱に染め上げることになる。
それまで、呼吸はあとみっつぶん。
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