クリスマスコンサート後付き合ってる加香。
加地に告白する一年女の子に香穂子は。
「信じて待ってやってくれね?」
ガタンと音がして、数秒空いてから加地が凭れかかっていた壁を保有している家の扉が開いた。
「ごめんね加地くん、待った?」
中から出て来たのは加地の、誰よりも愛しい彼女。
「全然。香穂さんを待つなら苦じゃないし」
門扉から出た香穂子の細い指先を、甘さを含んだ顔から想像し辛い骨張った手で包んだ。
「おはよう」
学校に近付くにつれ生徒が多くなる。
だが彼らの手は離れないし、彼らを見た他の生徒も一瞬ぎょっとするが、彼らと認めたあとは何食わぬ顔で登校を続行する。
「でね、お姉ちゃんが―――――」
「加地先輩、おはようございます!」
後ろから小走りできた普通科の女子生徒。
タイの色……というか加地先輩、と言う呼称で一年だと知れる。
「ああ…おはよう」
加地の隣りを歩いていた香穂子も何となく彼女を見、目が合い思わず会釈したが、一瞬睨まれ逸らされた。
そのまま彼女は駆けて行った。
(うーん、と……)
コンクールから始まり、理事を黙らせるためのアンサンブルまで応援もあったが、圧倒的に妬み嫉みや嘲笑失笑に囲まれていた香穂子はそういったものに敏感になり、次いで耐性も付いた。
だが今のは。
「色男を彼氏に持つと辛いねぇ、香穂」
後ろから天羽の軽快な声が手と一緒に肩を叩いた。
「だよねえ」
「天羽さん、褒めてるの?照れるな。ね、香穂さん」
「褒めてると思えるなら大物だね」
加地はさほど鈍くはない。
加地に纏わるほぼ全てが香穂子に変換されてゆくだけだ。
加地は繋いでいた手を自らの口許に持って行き、軽く押し当てた。
「心配しなくても、僕は香穂さんしか見えてないよ」
にっこりとした笑顔に浮かぶ瞳には正しく香穂子しか映っていないらしく、香穂子の隣りにいる天羽は、香穂子の肩をポンと叩き香穂子たちを置いて学校へ向かった。
「あれ?加地くん?」
四限の授業を終え、購買でお昼ご飯を買い終えた香穂子が教室に戻ると、あの柔らかい笑顔がいなかった。
「佐々木くん、加地くん知らない?」
「加地?ああ……えと、すぐ戻るぜ?」
何か知っているらしい佐々木は、困ったように半笑いになりながら、じっと合わせる香穂子の視線から逃れようと目を泳がせた。
が、観念したように嘆息すると口を開いた。
「さっき一年の女の子が加地を呼び出してさー…うん。いやでも、加地のやつは誰がどう見てもお前しか見えてねえから」
「ん……」
一年の女の子、は高い確率で今朝の女の子だ。
「信じて待ってやってくれね?」
慰めるつもりで差し出してくれた飴をしっかり貰って口の中に放り込んだ。
歯に当たってからりと鳴った。
「加地くんは信じてる。信じてるけど、ね」
口の中の飴と同じくらい甘い科白を、恥ずかしげもなく贈ってくれる。
愛されてるなんて、知ってる。
けれど、他の女の子に告白されているのを待つ?
「佐々木くん」
「ん?」
「やっぱり迎えに行ってくる」
そーかと笑って、佐々木はひらひらと手を振った。
それを見る前にスカートの裾を翻して、香穂子は教室を出た。
思わず出たが、どこに行って良いかわからない。
「香穂っ香穂っ」
「菜美、加地くん知らな…」
「その加地くん!」
え、ときょとんとした香穂子の手をぐいと引いた。
「今朝の一年、こっちの棟の屋上行く踊り場に加地くん呼び出して…っ」
「うん、ありがと!」
言い終わる前に、香穂子は加地とこっそり過ごした屋上までの階段へ走った。
昼休みのため、廊下に出ている生徒が多い。
ぶつかる度ぞんざいにだが謝りながら進んでく。
「―――なんでですか!」
怒気に満ちた声が香穂子の耳をついた。
余り覚えていない上踊り場の影にいるらしく加地の姿も見えないが、恐らくあの一年の娘だろう。
そろりと階を昇る。
「なんでですか、あたしはともかく…加地先輩とあのひとが釣り合うだなんて思えない!
――――耐えられないんです!」
びくりと、体が震えたのがわかった。
その拍子に階段を踏み外しかけたが事なきを得た。
加地が熱烈なほどアピールしてくれているから目を逸らしていられた。
だが加地の顔の造詣は整いすぎているほどだし、スタイルも良い。
華やかな雰囲気は人を惹き付ける魅力に溢れている。
否、見た目ではなく。
細やかな気配りや、人を見る洞察力。
美徳に奢らず笑顔をくれる。
それが出来る彼の優しさに何度だって救われた。
「最初に好きになったのは僕だよ」
「………っ」
すっと低くなった声に、一年の少女が畏縮したのがわかった。
「君じゃ僕の心を変えることはできない」
「わ…っわからないじゃないですかっ」
「わかるよ」
即座に断定した。
「そうだね……。例えば彼女が男でも僕は彼女……香穂さんが好きになったよ」
「なん…っ」
「彼女の音に憧れて彼女に近付いた。
近付いたら、彼女が女の子として魅力的すぎただけ」
微笑混じりに言う加地に嘘も誇張もない。
ただありのままの想いを心のままに言っただけだ。
(う…わ……)
一瞬過ぎった危惧なんて吹き飛んでしまう。
甘い言葉をくれる彼は、自分にとびきり甘い。
「勝手にしてくださいっ」
ばたばたと駆け降りてきた彼女から隠れ切れず、思い切り睨め付けられ、更に階下へ降りて行った。
「あれ…香穂さん?」
踊り場の窓の光が差し込み、きらきらと光る髪を揺らして加地が降りてきた。
「加地くん……」
「さっきの聞いたんだ?
…心配することなんてなにもないよ」
盗み聞きしたことも咎めない。
ただ微笑を浮かべ許してくれる。
「加地くん、恰好いいもんね」
「僕は香穂さんだけが見てくれてたら良いよ」
「でもね」
教室を出る前に話したクラスメイト。
わかっていた、のに。
信じてと道標があったのに。
「あたし、加地くん信じきれてなかった、かも」
落ちるように声が響いた。
視界の端でそろりと上がった手はさらさらと髪を撫でた。
「加地、くんっ」
「香穂さん。あのね、僕と香穂さんが知り合ってどのくらい?」
いち、にぃ、と指折り数えて、季節を数える。
「半年……」
結構短い。
忙しかったから、長い日々を加地と過ごしていたように思った。
「これから何十年生きる半年だよ?
信じて待ってくれるのもアリかも知れないけど、疑って…ヤキモチ妬いて?」
何度だって信用させてみせるよ、と笑って。
「可愛いから妬いてくれるほうが僕は嬉しいけど」
「可愛くない、よ」
「可愛い」
ゆっくり頭を撫でている加地の金色の髪に、手を伸ばして触れる。
「半年が短く思えるくらい、いてくれるの?」
「望んでくれるならどれだけだって」
ゆっくり屈んだ加地の仕種に、香穂子は背伸びをして目を閉じる。
一度触れて、離す。
二度目は、同じ味がした。
おまけ。
「加地、お前も飴いる?」
「んー貰おうかな」
からん。
「……佐々木、香穂さんにこれあげた?」
「ん、お前おっかける前にな。なんで?」
「香穂さんと同じ味したから」
「………………あっそ」
「まあ香穂さんのほうが甘いけど」
「………………あっそ」
「それから」
「何だよ」
「香穂さん僕のだから、飴で気を引こうとかしないでね?」
(なんで日野気付かないかな!ウザいくらい日野しか見えてない!)
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