白凪さんとの合同企画。
門の前に停めてある黒塗りの車の隣に立って、柚木は視線を浴びながら向かってくる生徒の中を眺めていた。
車の運転手は家のお咎めを気にして柚木を促すも、柔和な笑顔で「もう少し」、と言われれば黙るしかない。
漸く行き交う生徒の中から待ち人を見つけた柚木は、次の瞬間微かに眉を顰めた。
人を影にして辺りを窺うように歩く香穂子は、不審に付け加えて挙動不審だ。
きっと柚木に見つからないようにする為だが、その行動は期待する結果の真逆を突っ走っている。
ならば。
「どうしたの?日野さん」
ぎくり、と肩を揺らして香穂子は柚木を見た。
「かっ、帰るんですよ、今から……」
「そうなの?……僕の記憶違いかな、今日、日野さんを送らせて貰う約束をしたように思っていたけれど?」
周りの女子生徒の視線が俄かに険しくなったのを、背後で感じた香穂子は顔を引き攣らせた。
「な、何の……」
「忘れてしまったのかい?哀しいな…。それとも僕と帰るなんて」
「忘れてなんていませんともええ!」
視線に耐え切れず、香穂子は殆ど叫ぶように言った。
大して柚木は変わらず涼しい笑顔で、そう、と返すと車のドアを自ら開け、香穂子を促す。
応えても応えなくても険しい視線から逃れるように、香穂子は車に乗り込んだ。
「せ…性格悪い……」
「約束したのに帰ろうとしたやつに言われたくないな」
一方的に取り付けるのは約束ではない、といいたかったが、言ってしまった後を考え、香穂子は論点を変えた。
「帰る分には構わないんですけど目立つんですよ、この車…」
滑らかに太陽の光を反射する、手入れの行き届いたこの車は、学校の門の前と言う場所では余りにも目立つ。
「そのうち馴れるさ」
そういっていつもと変わらない窓の外の景色に視線を投じる柚木を見、香穂子が口を開いた。
「柚木先輩……もしかしてずっと車で登下校なんですか?」
「そうだけど」
事も無げに返すと、香穂子が目を丸くした。
家の話で、羨望の視線を向けられる事は、柚木は余り好きではない。
香穂子からのその視線を予想し、眉を顰めた。
が、香穂子の反応はそれとは異なるもの。
「じゃあ寄り道とかしたこと無いんですか?」
「………寄り道?」
「友達と学校帰りに何処かに寄ったりとか…」
「有り得ないな」
少し身を乗り出しながら言う香穂子の反応に驚いたが、それを咄嗟に隠した。
「じゃあ今度一緒に寄り道しながら電車で帰りましょう!
駅前通りに美味しいケーキの喫茶店があるんですよ!」
嬉しそうに話す香穂子が、柚木にはわからなかった。
淡い期待を寄せてしまう、不理解。
最初、一緒に帰るのが嫌で避けていたのではないのか。
だが、何処の雑貨屋が可愛い、と話す香穂子の顔色を幾ら窺っても社交辞令の色は見えない。
柚木の視線を感じて、香穂子はあっと声を上げた。
「もしかして嫌ですか?」
嫌なのはお前の方じゃないのか、と聞きたかったが、声にならない。
「……何が?」
「あたしと二人で寄り道は……やっぱりまずいですか?なら火原先輩とか…」
誘いますか、と含んで消えていく科白の意図が、わからなかった。
「車って楽ですしヴァイオリンの事考えると有難いんですけど……」
香穂子は少し、視線を逸らして、またゆっくりと合わせる。
微かに頬が赤い気がするのは、夕陽がもたらす色なのか。
「柚木先輩と、長くいれません」
漸く柚木の中で、香穂子の行動と発言の矛盾に納得が言った。
避けたのは、羞恥と周りの反応を恐れて。
楽しげに話しているのは、本当に楽しいから。
その理由が男に対してとしてなのか、先輩に対してとしてなのかまでは分からない。
ただ、推し量るだけ。
とりあえず、飽きない。
笑顔ならば心のからの笑顔。
決して押し殺したような笑顔は作らない。
「……いいぜ」
ぽつり、と呟いたそれh静かな車内で大きく響いた。
「いつか寄り道に付き合ってやる
いつになるか分からない。
叶うかも分からない、その約束。
取り繕う事の無い、輝いたような笑顔を惜しみなく柚木に向ける。
「ほんとですかっ?」
「おれに寄り道させるくらいのケーキ屋でも探しとけ」
「や、その喫茶店のケーキ本当に美味しいんですってば!」
力説しようと意気込んだところで、香穂子の家に着いた。
徒歩ならば、その続きを聞けたのだろうか、とふとおもった。
「有難う御座います」
車から出て香穂子の礼を受けながら、柚木は「次」へと意識を巡らせる。
今日は金曜日。
次に会うのは月曜日。
「……月曜」
「え?」
「月曜、朝迎えに来るから」
まるで決定事項のような、約束の仕方。
だが優しく言う気はまるで起こらない。
それでも、香穂子はにこりと、曇りの無い笑顔を向けた。
「此処で、待ってますね」
追う一度お辞儀をして、家に入って見えなくなった香穂子をそれでも見るように、扉を見つめる。
「寄り道、ね」
最初で最後かも知れないそれの相手が、香穂子ならば楽しいかもしれない。
「まあ、飽きないだろうな」
くっくと楽しげに笑えた。
寄り道をして、好きな店でケーキを食べる彼女は、どんな表情だろうか。
PR