白凪さんとの合同企画。
適度な陽気と、清清しい風。
いつもより眠いな、と思っていた。
だからこの睡眠に適した屋上を、いつもより酷く心地よく感じた。
(それにしても……)
ベンチに腰掛けてそのまま横に倒れこんだように眠る香穂子の姿が見えた。
(志水くんじゃないんだぞ)
香穂子の気持ちは、分かる。
だが、香穂子と志水の違いはスカートとズボン。
香穂子の体勢上、スカートのすそはいつもより高く、「脚」というよりも「太腿」と言ったほうが正しい位置に落ち着いている。
両手の指先は頬や口元に添えられている。
まさに、据え膳。
(……危ないんじゃないのか?)
取り敢えず、ブレザーを脱いで、寝ている香穂子にかける。
少し裾を引っ張って袖を引っ掛ければ「危ない」部分はその中へ隠れた。
(ん?)
視線を感じてその先を見れば、男子生徒二人組と目が合い、驚いて目を背け、居た堪れなさそうにそそくさと屋上を出た。
(…情けなくないのか?)
何だか、苛つく。
だが何故だかわからない。
無防備に寝ている香穂子に怒るのは甚だ間違っているし、さっきの男子生徒に起こる程、同じ男として云々とは思わない。
正体の分からない苛立ちを払拭するように一つ息を吐いて、香穂子を見る。
聞こえるのは風の音と、香穂子の寝息。
目に付くのは髪の細さと、肌の白さと、動かない睫毛の長さ。
(……何なんだ)
髪を掻き上げて、目を閉じて一度視界を無に還して姿勢を整えた。
頬を撫ぜたのは柔らかな微風。
苛ついた頬には酷く心地良い。
だが、その風は柚木が屋上に来たときより幾らか冷たい。
いつから香穂子がいたかは知らないが、流石に冷える。
少し、躊躇ったが、それでも指先だけで香穂子の頬に触れればやはりひんやりとしている。
セレクションの準備の疲れが溜まってのこの転寝だろうが、このままでは疲れを癒すどころか風邪を引き兼ねない。
「日野」
起きない。
「日野っ」
少し語気を強めてみても、微かに身じろいだだけだ。
「起きろって」
身体を揺らしたが、その後今度は身じろぎもしない。
一歩進んで、一歩下がった。
「……おれに此処まで手間かかせるとは良い度胸じゃないか」
聞こえない、とわかっていても。
散らばった髪を一房掬い取って引っ張る。
「起きろよ、なぁ。……香穂子」
聞こえないと分かっているから、呼んだことのない名前を呼んだ。
段々強く引っ張るつもりで軽く引いた髪に、ふと身を屈めて、口接ける。
「………ん、」
眉を寄せてゆるゆると開いた双眸は朧げに柚木を映す。
「柚木、先輩?」
「おはよう。おれが呼んでもなかなか起きないなんて、さぞ良い夢だったんだろうね?」
「えっや、嘘!すみません!」
そこで漸く身体を起こして、気がついた。
「これ…」
香穂子は身体にかかる白いブレザーをおずおずと柚木に返した。
「寝るのは勝手だけど、場所と体勢をもう少し考えろ」
ブレザーを受け取って、ポケットから手帳を出した。
「えっ見えたました?!」
「……いや」
「良かったー!」
危ない危ない、とスカート丈を確認する香穂子に、逆に見えているよりぎりぎりの方が危ない場合もあるんだ、と説教してやりたくなったが、止めた。
気をつけるには変わりないのに懇々とそんな事を言って変態に成り下がる理由も趣味も無い。
それに、そんな説教よりも良い方法を、見つけた。
「あ、先輩寒く無かったですか?」
「寒い」
取り出した手帳に書きつけながらにべもない返事を返す。
「すみません……」
「お前よりは寒くないよ」
言ったあとで、触った事に気付かれると思った。
が、香穂子は寧ろ自分中心でない返事を返した事を訝っていた。
「どうしたんですか先輩。優しいですよ」
「苛めて欲しそうだね」
いいながら手帳の頁を破って香穂子に差し出す。
「『柚木 梓馬』………アドレスと携帯の番号ですか?」
「そ」
「…ソラで書けるんですねー」
「お前、もっと空気読んで生きろよ」
は?と言いたげな表情で香穂子は柚木を見る。
「それあげるから。今度から寝る時おれに連絡しろ」
「何でですか?」
「良いから」
「……はぁ…」
訳がわらないまま、香穂子はスカートのポケットから携帯を出すと登録し始める。
なぜ、なんて問いに答えられる訳が無い。
「先輩」
「ん?」
「有難う御座います」
笑顔が眩しく見えたのは、きっと此処が陽射しが良くあたる、屋上だから。
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